第3話 ここは異世界
死を間際にすると生を実感する。
これはよく聞く話だ。何となくそうなんじゃないかなってイメージしかないが、今ならよくわかる。
生きたい。
死にたくない。
何も目標はないけど、死にたくはない。
今になって、小学校の時の遠足や運動会の記憶が蘇る。
あの頃は航輝くんのように明るかった。クラスの人気者だった。
楽しかった思い出が走馬灯のように駆け巡る。
そして、心に奥に封じていたあれが顔を覗かせる。
ダメだ、お前だけは出てくるな。
思い出したくない記憶。
『やめろ! 来るな!!』
僕は心の中で必死に叫ぶ。もう熊に殺されることなんてどうでもいい。
もうあの記憶だけは思い出したくない。思い出すくらいなら死ぬ方がマシなくらいだ。
ここで止まっていた時間は動き出す。目の前には凶暴な熊がいて、その後ろで航輝くんが手を差し伸ばしている。
これで死んだと思ったのは三度目か。僕は今度こそ死ぬと思って目を閉じる。
まだ終わりの時は訪れていない。おかしいな、とっくに死んでるはずなのに。
僕は恐る恐る目を開けると、熊の大きな左腕が斬り落とされて血が滝のように出ている。
「間に合って良かった。遅れてすまないね」
僕の前には、銀色の鎧を着た金髪の男性が立っていた。右手には蒼白く輝く剣を持っている。
「あなたは?」
「悪いが話は後だ。まずはあの魔獣を討伐する」
魔獣?
地球上にそんな生物がいるのか……。ここは一体どこなんだ。
僕がそんなことを考えている間に、その剣士は魔獣に向かって走り出す。
魔獣も腕を失った痛みを耐えて、次は右腕で攻撃を仕掛ける。
剣士はその攻撃を回避し、さらに右腕に乗り移り魔獣の腕に剣を刺した状態で登っていく。
あっというまに首を切り跳ねてしまった。
僕も、航輝くんも目の前の状況に理解が追いつかず固まる。
剣士の身長は180センチほど。5メートルの魔獣なんかよりも正直怖い。
「待たせたね。怪我はないかい?」
爽やかな笑顔で男は言う。鎧に返り血が付いているせいかサイコパス感が半端ない……。
「はい。あなたは一体何者ですか?」
この人の目的は何なのか。
「安心してくれ、君たちに危害を加えるつもりはない。俺たちは君たちを保護しに来たんだ」
すると、美咲さんたちが逃げた方向から馬に乗った兵士と思われる人と、荷台を引いた馬もこちらに到着した。
「影野くん!」
「影野!」
美咲さんと松下さんが荷台から降りて走ってきた。
二人は僕に抱きついてきたが、流石に二人の勢いに負けて押し倒されてしまう。
「おいおい、俺も頑張ったんだけど」
航輝くんは今空気になっている。
「本当に良かった。心配したんだからね!?」
美咲さんの目にはまた涙が溢れている。
「何であんな無茶したの。影野らしくないっ」
松下さんも顔を隠してはいるが泣いているようだ。
「ごめんね、必死だったからさ」
二人に死んでほしくなかった。たとえ僕が死ぬことになっても。
僕らは再会を喜びあっていた、だが。
「ごほんごほん、そろそろいいかな?」
さっきの剣士は若い子はいいねぇとかいいながら不満顔だ。
「すみません、助けていただいたのに」
「まぁいいさ、気持ちはわかる。聞きたいことは山ほどあるだろうがここは危険だ。詳しい話は移動しながら話そう」
僕たちは荷台に乗り、移動を始める。目的地は王都『アスモデウス』で、2時間程で着くらしい。
「まずは自己紹介だ。俺の名前は『ランスロット』だ」
僕たち四人も名前だけ教える。
「さて、薄々気づいているだろうがここは君たちが元いた世界ではない」
僕以外の三人は驚いていたが、僕は何となく予想はしていたため冷静だった。
「なんで俺たちがこの世界にいるんだ……?」
純粋な疑問。
「この世界にはたまにだが、異世界から異世界人が送られてくる。今回は君たちがその異世界人だ」
話を聞いていき、僕は簡単にまとめていた。
周期に規則性はないが異世界人が送られてくる。その異世界人がどこに来るかも直前まで分からないため、保護するのに時間がかかってしまう。
アスモデウス以外にもいくつか国があるため、他国の領土に送られた異世界人はもちろん保護できない。ただ国境付近に関してはグレーゾーンで、早い者勝ちらしい。
そして、異世界人はこの世界に来るタイミングで、強力な力を得る。
「その強力な力ってのは、あたしたちにもあるの?」
松下さんは自分の手を見て力があるか確かめているようだ。
「確実にある。ただ、その力に目覚めるのには個人差がある」
僕たちのいた世界では使えない異能力『スキル』と『魔力
』がこの世界にはある。
「俺たちにも魔力はあるのか?」
「ああ、あるぞ。お前たちにはまだ感じることは出来ないがな」
僕たちにとってはイメージしろと言われても出来るものじゃない。
体の中に流れるエネルギーであり、それを感じるのは難しい。
「まあ、練習すればすぐに魔力を使うことができるようになるさ」
この世界では魔力を使うのは当たり前らしい。
ここで僕は一つ、気づかなければ良かったと思う疑問を抱いてしまった。
「それで、僕たちをどうしようと?」
僕はランスロットさんの目を見て言った。おそらく僕たちを兵器として利用しようと考えているはずだ。
「それは俺からは言えない。お前たちの処遇に関しては陛下から説明がある」
僕たち四人の表情が暗くなる。右も左も分からないこの世界で、どんな生活を送ることになるのか。
「俺たち、殺されるのか?」
航輝くんの顔は下を向いたままだ。
「安心しろ、それはない。そのつもりならわざわざ危険な森『ラビス』になんか来ないさ」
「そっか」
航輝くんはまだ不安そうだ。
「まだ王都まで時間がある。疲れているだろう? 休んでいるといい」
ここにきてからまだ数時間だけど、精神的にはかなり疲労している。
普通の中学生が体験するには、あまりにも現実離れした体験だ。
三人はすぐに眠りについた。でも僕は寝ているわけにはいかない。
少しでもこの世界の景色を目に焼き付けておきたい。
僕たちはゆっくりと王都へ向かっていく。
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