第2話 目を覚ましたら
「姫様! 目をお覚ましください!」
やかましい年寄りの叫び声が、耳元でガンガン響く。
……うるさい……こっちは階段から落ちて、大怪我してるんだぞ……
金谷絵美子、四十歳は、薄れてゆく暗闇の中でぼんやりと思っていた。
「あぁ、誰だ、一体誰が、姫に毒薬など渡したのだ!」
……毒? 一体、何の話しているのか……
「ああ! 姫様!」
なんだ、このおっさんは……
絵美子のぼやけた視界に入ったのは、コスプレの衣装のようなものに身を包んだ、初老の男だった。
「姫様! 気づかれましたか! あぁ、良かった、本当に良かった!」
ボロボロと大粒の涙を流し、男は叫んだ。
いや、そんなに泣かなくても……こんな、見ず知らずのおばさんの為に……それとも、この人は涙腺のゆるいお人好しなんだろうか……しかし、こんな人、団地にいたっけ?
「とにかく、ベッドにお運びしなければ」
男が合図すると、人がやってくる気配がして、体が宙に浮いた。
体を抱えられ、ベッドに寝かされる。
……なに、このベッド……まるで、御伽話のお姫様のやつみたい……ヒラヒラしたレースが沢山……すごい少女趣味……いや、ちょっと待て……ここはどこだ?
しかし、体が動かない。意識はだいぶしっかりしてきたが、体はまったく自由がきかなかった。口を開くことすらできない。
……困ったぞ……会社に連絡しないと、無断欠勤になってしまう……あのうるさい事務のオバサンに、嫌味を言われてしまうじゃないか……それだけは勘弁……
「姫様、お水を……」
動かない体に焦りを感じていると、今度は年若い娘が、水の入ったコップを持ってきた。
コスプレ大会してるのか、この人達は……なんなの……コップまで、こんなゴテゴテしてて……
「水差し、こちらに置いておきますから」
娘は、銀色のポットをサイドテーブルに置いた。
やっとそちらを見て、絵美子は目を疑った。
誰、これ。
銀色のポットに歪んで映った自分の姿は、まるでお姫様のようだった。
色白の肌、明らかに日本人ではない顔の造り……なんだ、これは!
そうか、これは、夢だ……頭打ったんだ、まだ意識が戻ってないんだ、なんだ、そうかそうか……
絵美子は、むりやり自分にそう言い聞かせた。
それ以外、考えられなかった。
きっと、次に目を覚ましたら、病院の天井を見ることになるだろう。
よし、寝よう!
絵美子はそう決め込み、ぎゅっと目を瞑った。
「姫様……そんなに嫌がっていたなんて……気の毒すぎます」
遠くから、同情するかのような声音がコソコソと聞こえてくる。
「仕方ないわよ、国王陛下には、誰も逆らえないんだもの」
「でも、毒薬を飲むなんて……」
……ダメだ、もう、寝てなんかいられない!
ガバッと、絵美子は体を起こした。
「か、か、鏡!」
突っかかりながら、なんとか言葉が口から飛び出す。
「姫様、起きてはダメです!」
慌てた様子で、先程の娘が走り寄ってくる。
「いや、とにかく、か、鏡をください!」
「姫様……かしこまりました……」
困った表情を浮かべながらも頷くと、娘は手鏡を取りに行き、それを絵美子に渡した。
震える手鏡に映ったのは、歪んでいない己の顔だった。
……だれ、この人……
青白い顔、二十歳にもならなさそうな幼い、彫りの深い顔立ち。
姫っぽい!
「姫様は、毒薬をお飲みになったのです。顔色が悪いのは仕方ありません」
眉をひそめ、娘はいった。
「あ、そ、そうなんだ……」
しかし、この夢のような現実を、どうとらえたらいいのか。
ラッキー……いや、そんなこと言ってる場合じゃなくて、ウチの不登校の娘は……いや、その前に、私、死んじゃったの?
手鏡を娘に返し、絵美子は再びベッドに倒れ込んだのだった。
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