異世界の王女と入れ代わった十日間

鹿嶋 雲丹

第1話 ことの始まり

 他の子が皆、何事もないように毎朝学校に行っているのに、どうしてウチの娘は行けないのだろう。

 そんな感情を抱き続け、もう半年になる。

 娘は中学二年の初夏辺りから、学校に行けなくなった。

 理由は、よくわからない。

 いじめや、叱責、体罰などはない。

 では、なぜなのか……

 最初は腹痛を訴え、それならば、と学校を休ませていた。

 ところがそれが連日になると、段々とこちらに妙な焦りが浮かんでくる。

 もし、このまま、学校に行けなくなったら。

 そんなメンタルのまま、ある日の朝、無理に学校に行かせようとしたら、制服姿の娘が過呼吸を起こした。

 そこで、ようやく気づいたのだ。

 無理やり学校に行かせるより、目の前のこの娘が元気でいることが、なにより大事だと。

 そう判断し、その日から、娘の不登校の日々が始まったのだった。


「じゃ、お母さん、お仕事行ってくるね」

 いつものように、まだ眠っている娘に声を掛ける。

 金谷絵美子、四十歳。

 フルタイムのパート勤務者だ。

 返ってくる娘の寝息に、そっとため息をつく。

 彼女の父親は、割とこの状況を冷静に受け止めていた。

 このままずっと、学校に行けなかったら、一体この娘はどうなってしまうのか。

 絵美子の頭に、テレビのドキュメンタリー番組で見た、ニートの姿が浮かぶ。

 いや、まだそうなると決まったわけじゃない。まだ、中学二年生なんだし。

 しかし、そうはいっても、来年は高校受験の年だ。

 絵美子は玄関を施錠し、重いため息をついて、カギをポストに入れた。

 小学校に通う、長男の為だ。

 団地の階段を、足早に駆け下りる。

 三階から二階へ、二階から一階へ……

「あっ!」

 突然、階段の途中でつんのめり、体が宙に浮かんだ。

 これは……痛いやつだ……

 絵美子の記憶は、そこで一度プツリと切れる。

 そして、ただひたすら暗闇が広がる世界へと、勝手にその身を放り込まれていたのだった。

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