第3話 仕方がないから、現実を受け入れる
人生四十年生きてきて、こんな体験をする日が来ようとは、さすがに予想できなかった。
「本当に、すっかり顔色が良くなられて、そろそろお散歩も楽しめそうですね!」
色々と身の回りの世話をやいてくれる娘が、にこにこと笑って言った。
「和食が食べたい……」
つい、口から出てしまう。
目の前の銀色の食器に載せられた料理は、けして不味くはなかったが、醤油や味噌の味はしなかった。
「ワショク? ですか?」
世話係の娘が、首を傾げる。
「あっ、いやっ、贅沢言ったらバチが当たります! 今日も目指せ完食!」
自分を叱咤激励し、エミリーもとい絵美子は食事を口に運んだ。
「ほんとに良かったです、お元気になられて……以前はあれほどお残しになっていた、嫌いなお野菜も全て召し上がられて……」
「えっ……そうなんだ……私、好き嫌いしてたら親に怒られてたからなあ……」
「はい?」
「あ、いや、夢! そんな感じの夢みたかなあ、なんて、アハハ」
「そういえば、アルフレッド殿下から、お見舞いのメッセージが来てましたよ」
「アルフレッドって、誰だっけ?」
「……姫様の婚約者様ですよ……隣国の王子様です」
「あ……そいつと結婚したくなくて、毒飲んだんだっけ、このお姫様……嫌だって言えなかったのかねぇ」
「……我が国王陛下は、隣国との関係を強化したくて調印したのですから、それを拒否なさるのは、ご無理なのではないかと……」
引きつった笑顔を浮かべながら、世話係の娘が答える。
「なんだ、よくある政略結婚てやつか……で、そんなにやな奴なの? そのアルなんとかってのは」
「いえ、性格は存じ上げませんが、とりあえず、お顔立ちは整っていますよ」
「顔がよくても、性格がダメじゃあねぇ……結婚生活ってのは、互いにどれだけ我慢できるかがポイントなんだから」
「……はあ……あ、食器、お下げしますね」
「ありがとう、美味しかったよ、ご馳走さま」
絵美子は、にこっと娘に笑顔を向けた。
「本当に、別人のような笑顔で……そのような姫様の心からの笑顔など、私は今まで見たことがありません」
「えっ、あら、そう?」
「どんなお薬を飲んだのでしょうね、姫様は……」
「さあ……」
絵美子には、それを知る由もない。
「じゃあ、食後の運動に、散歩にでも行こうかなあ……」
うーんと伸びをして、絵美子は言った。
「では、お召し物を準備致しますので、少々お待ち下さい」
ぺこりと頭を下げ、娘は部屋を出て行った。
「お召し物ねぇ……まあ、こんな格好で外なんか歩けないけどね」
絵美子は服をつまみ上げた。
ひらひらしている上に裾が長いから、踏んで転びそうになったのも一度や二度ではない。
「お待たせ致しました」
先程の世話係の娘が、数着のドレスを手に戻ってきた。
「え……もしかして、それ着るの?」
「はい……あ、お手伝いしますね」
「いや、自分で着るからいいよ……見られると恥ずかしいから、悪いけど部屋から出てくれるかな?」
「……はい、わかりました……」
腑に落ちない表情ではあったが、それでも世話係の娘は逆らわなかった。
「ぜえったいに転ぶって……間違いないから……」
ぶつぶつ言いながら、絵美子は着替えを始める。しかし、やはり外出用とはいえドレスはロングタイプで裾が長かった。
「しゃあないな……」
絵美子は呟き、裾をウエスト部分の紐に食い込ませた。
「おお、これなら歩きやすい! 我ながらグッドアイデアじゃない?」
「姫様、お着替えはお済み……まあ、なんて格好!」
叫び、口元に手を当て世話係の娘は青くなった。
「ひ、姫様、そんな格好で出歩かれては、私が叱られてしまいます!」
「あん? じゃあ、あなたを叱った奴を私が叱ってやるから連れて来な……で、庭ってどこ?」
「……」
世話係の娘は、よろよろしながら部屋の出入口に向かって歩き始めたのだった。
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