第3話 合。

僕は、固まった。


(何言ってんだ!?)


「違うの?」

「ちっ違いますよ!!」

「そっか…。びっくりした…」


びっくりしたのはこっちだ。

紅茶一杯でセックス!?

一体どんな育ち方をすればそんな思考回路が生まれるんだ…。

一気にドン引きした僕は、それ以上彼女にちょっかいを出すのは、やめた。

(せっかくタイプだったのに…ただのヴィッチかよ…)

勝手に盛り上がっていた自分を棚に上げ、僕は彼女を少し軽蔑した。


二杯目のハニーレモンを飲み干すと、彼女は徐に席を立つと、会計にレジまでやって来た。

「ご馳走様でした。ハニーレモン、美味しかったです」

「ありがとうございます」

「…」

お金をトレーに出して、お釣りを待っている彼女が、ふと口を開いた。

「私…、ヴィッチなんだって」

「え…?」

「いえ…ご馳走様でした」


出口に向かう彼女に、僕は自分でも信じられない言葉を口走った。


「またお越しください!!」

「…!」

びっくりしたように、彼女は振り返った。

でも、その顔は一瞬で曇った。

(?)

僕は、その顔の意味が解らなかった。

それ以上に、軽蔑したはずの彼女に『またお越しください』と言った自分が、自分の心が、解らなかった。




一週間後、僕はいつもの様にバイトを終え、喫茶店から出て来た。

すると、出口にいたのだ。

あの彼女が…。



「…どうして…」

「また…来て良いって言ってくれたから…」

いつから待っていてくれたのだろう?

頬を赤く染め、指先をこすり合わせ、膝を震わせながら、彼女は微笑んでいた。

「ごめんなさい。本当は、お店に入りたかったんだけど、お金、なくて…」

「良いから!すぐ中入って!風邪ひいちゃうから!」

「でも…」

「良いから!」

彼女の手を握って、店に戻ろうとした。

(冷たっ!)

彼女の手は、もうカチカチに冷え切っていた。



「ハニーレモンで良いですか?」

「え…でも…」

「良い?」

「うん…」




「はい。どうぞ」

「ありがとうございます…」

「今、暖房入れたから、じきにあったまると思う」

「うん」

「君、名前は?」

あい吉瀬きちせ藍です」

「吉瀬さん」

「藍で良いです」

「え?」

「藍で、良いです」

「あ…藍さん…」

「あなたの名前は?」

草野輝くさのひかり。十七歳。君は?」

「十四歳。中二」

「え!?」

「やっぱり驚いた…笑」

「や…だって…」

「『セックス』…って言ったからでしょ?」

「あ…や…まぁ…」

藍は、あっけらかんと答えた。

「私ね、誰にも愛されずに育ったの。お父さんもお母さんも私を愛してくれなかった。友達もいないし…一人ぼっちなんだ。だから、男の人から好きだって言われると、嬉しくなっちゃって、つい…言いなりになっちゃうの…」

「…」

「そんな事してたら…学校の女の子たちから、『ヴィッチ』って言われるようになった。ふふっ。馬鹿でしょ?本当に馬鹿なんだよ?ベンキョウ出来ないし…ね」

藍は、酷く哀しそうな顔をした。

向かいの席で黙って俯く僕に、藍は続けた。

「でも、解ったんだ。『好き』なんて嘘。みんな、私の体が目的なんだよ。優しくしてくれればくれる程、逃げたくなった…」

「…僕は…」

「ハニーレモン…、美味しかったです」

そう言うと、藍は、徐に服を脱ぎだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る