第21話 偶像作家は誰よりも用意周到である。

『グ、グァァァァァァァァァ……』


 致命傷により顔色が土くれのようになっているストーリー・テラー。

 先ほどまでの余裕ある素振りは微塵も残っておらず、そこにいるのは苦痛に顔を歪めてただ睨みつける鬼のような姿をしたバケモノだ。


「ゴシュジン!! 大丈夫か!?」


「お兄ちゃん!!」


「ああ、大丈夫だ。お前らもケガはないか?」


 二人とも首を縦に振る……見た限りケガもない。

 良かった、無事で。


「よし、二人はこのまま安全な場所に避難してくれ」


「で、でも!!」


「大丈夫だ、ニア。ここはお兄ちゃんを信じてくれ」


「イモウト殿、ここはゴシュジンに任せよう。ワシらではとても太刀打ちできん」


「……ムーちゃん。わかった、離れてる」


 二人共この場から離れてくれた。折角の旅路を邪魔して申し訳ないが、コイツばかりは俺しか倒せない。

 精神的に少し余裕が出来た俺に、奴はさぞ余裕なく何かを喚き散らしている。


『わ、私の偶像作家ストーリー・テラーは完璧だ。何人たりとも抗えやしない!!』


 死に体で俺へと攻撃してくるが、以前のようなキレは最早残っていない。先ほどと同様に聴覚をシャットアウトしながら難なく避けて、トバリをぶち込む。今度こそ障壁に邪魔されることなく全弾がヒットした。

 体中が穴だらけになって虫の息になっても、また立て直して俺へと急接近してきた。だが、極限まで固めた毒の拳はその体を貫き、弓から放たれる矢のように一直線で空中から地上へと吹き飛ばされていった。


『な、何故だ。何故私の攻撃が通じない!?』


 何か叫んでいるが音を完全に遮断しているから聞こえる訳がない。恨めしそうにこちらを睨みつけ、地面を何度も叩いている様子から人を小馬鹿にできていないことはよくわかっているが。一方俺はタネがわかったので、打って変わって精神的にもゆとりができていた。意趣返しが出来たようでなにより。


 よし、一気に畳みかけるぞ。


 ストーリー・テラーの死角に入り、右手に再び圧力を加え次の攻撃を仕掛ける。あの真っ暗闇を展開していないせいか、やはり動きが大分鈍くなっているようだ。俺でも先読みできるスピードになってくれたおかげで、逃げようとしたその先に蹴りを喰らわせる。そして、地面にめり込ませた後マウントポジションを取り、顔面をひたすら殴打していった。


 しばらくそれを続けていると、始めは殴られる度にリアクションを取っていたが、終盤になってくるといよいよ声すらあげられず顔面もボロボロに崩壊する。

 最早動くこともかなわず、ヒューヒューと声にならない息もれをするしかないようだった。


「……終わったか?」


 独り言に応える間もなく、口から血を垂らして倒れるストーリー・テラー。体の下半分も復活できず、顔面も面影が無いほど変形してしまっている。もう動けないだろう。


 後はトドメを差すだけだ。

 弱っている今なら、もう一度あの技を喰らわせれば確実に消滅させることが出来る。あとは――



 この時、俺は完全に奴の性格を完全に忘れていた。早く殺し切ることだけを考えていたんだ。

 ストーリー・テラーの用意周到さというものを、もっと計算に入れるべきだった。


 『神の怒り』を全てを生み出す者ホワイト・ホールから呼び出す。

 真っ白な巨大な円が地面に浮かび上がり、テレンガの里を含めた付近一体を埋め尽くすほどに広がっていく。そこから徐々にあの神々しい大剣が現れる。その剣先は死にかけの敵に向けられ、トドメの一振りを生み出す為のもの。


 その一撃を繰り出そうとした瞬間、体にある違和感が生まれる。

 時間が止まったかのような錯覚を覚えて、しばらくするとその違和感はゆっくりと右脇腹を中心にへ広がっていき、全身を襲う激痛となって現れた。


 何が起こったかわからず、後ろを振り向く。

 そこには。


「ど、どうして……ニア」


 懐に入り込み、ナイフで俺を刺していた。

 その瞳は、あの洞窟で見捨てた奴らのように何よりも冷めきったものだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る