第22話 ビヨンド・ザ・ヒーロー&バース・オブ・ア・ニューヒーロー

 何でだ。

 これは何かの夢か?


 刺された脇腹から血が滴り落ちたのを見て、血が出たのっていつぶりだっけとか呑気な事を考えていた。

 無表情でナイフを抜く妹の姿に、体は縫い付けられた様に自由が効かない。


 そんな無防備な俺を、ニアは引き抜いたナイフでもう一度刺し殺そうと迫る。頭ではヤバいって分かってるのに、避けようと身動きを取ろうとしてるのに全く体に力が入らない。

 

 いつか幻聴さんが言ってたっけ、この力は精神に依存するって。その弱点が、より最悪の事態に拍車をかけてきて……

 あ、やべ。もう目の前――


 ――襲ったのは横からの衝撃だった。

 直後、退かされる前の場所にニアの突撃で地面が陥没。駆け寄るバハムートの姿と現状のすり合わせに三拍程のタイムラグを消費して、ようやくさっきの衝撃はバハムートが突き飛ばしてくれたからだと知った。


 バハムートに肩を揺さぶられてやっと我に帰る。自分で音を消していたことにすら今更気づいた。

 急いで音消し用の分子停止領域アブソリュート・ゼロを解除し、バハムートの声がようやく聞こえるようになったところで、


「大丈夫か!? ゴシュジン」


「あ、ああ」


 手を引っ張られて岩陰に隠れ、おかしくなったニアを観察。

 無表情でナイフ片手に徘徊する姿は、かつて俺の知っていた無邪気でしっかりものの妹にはとても見えず、別の何かが乗り移ったようにしか見えなかった。


 子供のころ、ニアはよく泣く子だったから何かある度に俺があやしていた。

 コツがわからなくてよりひどく泣いたもんだから、つられて俺も一緒に泣いたっけ。

 

 初めての旅に出る時、ニアはどこかそわそわしていた。

 様子を伺ったら大丈夫だって気丈にふるまっていたけど、出発して家から出ると、わんわんと泣く声が聞こえたっけ。

 振り返ると決意が鈍ってまた家に戻ってしまいそうだったから、泣きながら振り向くのを堪えて故郷を出たんだよな。


 帰って来たその日の夜、嬉しそうなニアは、ほおが緩むくらいに美味そうなご馳走をふるまってくれた。どれも俺の好物で、料理もびっくりするぐらい上手くなってた。

 すごいなって頭を撫でてやると、ムスッとしながらどこか嬉しそうに頭を預けてくれたんだ。


 旅に出るって言ったよな、俺は本気で止めるつもりだった。

 でも、いつの間にか冒険者になってさ。しっかりした子だとは思っていたけど、こんなにワイルドになってると思わなかった。

 戦闘もできるようになって、ギルドでも期待の新人ってもてはやされてさ。


 俺、本当にうれしかったんだ。ニアにまた会えた事が。ニアの成長していく姿が。

 

 それらが音を立てて崩れていく。夢から覚めろと言うように、あの時ニアの向けた凍てつく視線が頭から離れない。


 全部、嘘だったのかなあ。


「俺、また……」


 口から弱さが溢れると、バハムートの鋭い眼光が刺すように睨みつけて


「それ以上言ったら、ワシが貴様を殴る。

 イモウト殿がどんな思いで冒険者になったと思っている。死地へ赴く兄に守られるだけの自分を変えたかったからだ。兄と同じ景色を見たいと覚悟を決めたからだ。その願いをかなえる為に兄のいない間、何年も、何年も血のにじむ努力をしてきたんだ。彼女の覚悟を目の前の行動1つで無碍にすることはワシが許さん」


 その言葉でようやく頭がおかしくなっていたことを自覚できた。

 何を言おうとしていた俺は。自分の浅はかさにぞっとする。


「ごめん、今のは失言だ。忘れてくれ」


「うむ。イモウト殿は自分の意思であんな事をするような御人じゃない。竜の威厳に賭けてワシが保証する」


 力強い笑みに、冷え切った心が溶けていく。

 トラウマごときで大切な人まで信じられなくなったらおしまいだよな。


 バハムートは俺の様子に安心したのか、ニアと一緒に居た時の出来事を教えてくれた。


「ワシとイモウト殿は一緒に避難していた。だが、ゴシュジンの戦いが終わろうとした時、急に様子がおかしくなった。フラフラと戦場へと歩きだしたんだ。急いで止めようとしたが、見えない壁のようなものを張られて触れることすらできなかった」


 ワシがもっと強ければと嘆いていたが、そんなことはないさ。その事実が知れただけでもありがたい。


「十分だ。これで俺は戦える」


 どうにか正気は取り戻した。

 後は、ニアをどうやって助けるかだ。


 そう息巻いた直後、頭上からわずか違和感を感じた。


 見上げると、岩の頂上で巨大な風の玉を作り上げたニアの姿が。冷めきった眼でこちらを見下し、手に持った風玉を大きく振りかぶって投げつけてきた。

 それを避けた俺達は再び距離を取りながら、ストーリー・テラーが倒れていた場所へ戻る。


「やっぱり、いなくなってやがる」


 さっきまで無様に倒れていたのに、そこには地面に衝突した穴しかなかった。

 犯人は間違いなくあの野郎だ。


 絶対、許さねえ。

 負の感情が起点になり、頭がいつになくクリーン……ヴァルヘイム戦のそれとは桁違いだ。


 やるべきことは2つ。

 1つ目はニアの救出。ストーリー・テラーが仕掛けた魔術? かは分からんがとにかくそれを解除する。

 2つ目はストーリー・テラーの抹殺。


 ニアの追撃を避けながら着々と手筈を決めていく。

 まずは1つ目の課題からだ。そうだ、俺はストーリー・テラーの闇に閉じ込められた時2人と離ればなれになった。


「バハムート、俺が接敵した時のこと覚えてるか?」


「うむ。あの真っ黒な球体のようなものだな?」


「そうだ! バハムート達はどうだった? 巻き込まれたのか?」


「いや、ワシは巻き込まれなかった。というよりゴシュジンが球体に呑まれてすぐに消えたんだ」


 どういうことだ?


「あの時のゴシュジン、様子がおかしくてな。戻って来たかと思えば動かなくなっていた」


 バハムートの話によると、俺が静止していた時間はおよそ15分前後。

 敵は消えるし俺は反応しないしでてんやわんやだった。かと思えば、急に強い光が生まれて遠くまで吹き飛ばされた。

 気付いた時には俺が元通りになっていて、ストーリー・テラーは下半身がまるっと無くなっていた、というわけらしい。


 あの時俺が静止していたのは奴のスキルに抵抗できていたから。

 なら、抵抗できなかった結果が今のニアだとしたら。


「バハムート、1つ頼みたい事がある」


 そう言うと、事情を聞いたバハムートは真剣な面持ちから一変して、嬉しそうに笑った。


「こうして肩を並べるのは初めてだな、ゴシュジン!」


 確かに孤軍奮闘したり、竜状態のバハムートと共闘したことはあったが、同じ人の姿となって共に戦うことは初めてかもしれない。

 やっぱ、コイツ凄いな。安心感が桁外れだ。


「頼りにしているぞ。相棒」


「あいぼ……うむ。任されたッ!」


 話がまとまった後、俺達はニアの前に姿を現した。

 逃げ隠れして一向に現れなかったのに、突然現れたからだろうか。距離を詰めることはせず、身構え始めた。


「待ってろよ、お兄ちゃんとこのポンコツ竜でクソ陰湿野郎から救ってやるからな」


「ポンコツとはなんだ! でも、まあゴシュジンと言いたい事は同じっ」

 

 さて、駆け出し冒険者の妹さんにお兄ちゃん達の凄さを見せつけてやろうじゃないか。


「行くぞッ!!」


「応!!」

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