第19話 悪者の願い
叩き潰せ。そう自分に檄を飛ばしたところで、劣勢であることには変わらない。
前門にはヒュドラ、死角からはストーリー・テラー。どっちかに意識を向けようとすると必ず横槍が入って反撃を封じられる。
ストレスと焦りと強烈な痛みだけが蓄積される中、追い打ちにヒュドラが巨大な円陣を解き放つ。そこから生成された巨大な一本槍が
『ハエみたいに飛びまわるねえ。さっきの威勢はどうしたのかなァ?』
直後、脳裏で火花が飛び散る錯覚と、背中が抉られるような強烈な衝撃が襲い掛かった。それがさっきまで距離を取っていた筈の火槍だと知ったのは、腹を突き破ってから直ぐだった。
焼けるような激痛に耐えながら、体に空いた風穴を毒液で防ぎ体制を立て直す。脂汗がどっと吹き出してようやく足止めされていた事を理解した。
さっきから奴の攻撃に全く追いつけていなければ、
倒す為の糸口もゼロ。現状は絶望的だ。
『
ストーリー・テラーに呼応するようにヒュドラの瞳に光が差すと、耳を貫く程の雄たけびを上げ、九つの頭部が口を大きく開けた。
そこに集う淡い光は秒刻みで眩しさを増し、気づけば頭部が隠れて見えなくなる程巨大な光球に変貌。
先程ヒュドラによる吸収で固まった筈の足元から何十もの溶岩が噴き出し、充満する熱が俺の体をチリチリと焦がす。
アレはヤバい。
急いで毒液を大量にヒュドラへと放出。光球の無力化を図るが、遮るように透明な障壁が本体を纏い、一滴も触れる事なく阻止されてしまう。『神の怒り』が落ちる前に俺が喰らった物と同じ奴だった。
どうやってアレを崩す? 思考を練ろうにも敵からの邪魔が鬱陶しい。動揺が隠せず攻撃はより単調になる。さっきから飛び道具での牽制しか出来てない。何もかもが悪循環。
光球から発射される光線が四方八方に巻き散らされる中、その応酬を紙一重で避け続ける。
『そう!! 君のような悪は正義の前に平伏すのみ。その無様な姿こそ、観衆にとって最高の褒美となるゥ!!』
減らず口は快調。俺はずっと受け身の状況。
埒が開かないな……
いつか言われたことを思い出せ。
集中だ。集中が一番大事なんだ。それさえクリアできれば
気持ちを切り替え、今度は横やりを無視し、ヒュドラに専念。
生成した氷柱に
意味がわからん、こっちは重力だろうが何だろうが全部吸収する技だぞ。何で弾かれるんだ。
『醜いねェ!!』
頭上から響く罵声。かと思えば突如視界を覆う程の巨大な岩が出現し、俺目掛け一直線に落下。
空気を震わせ潰しに掛かる中、体を毒性の液体に変え溶岩の中に逃げ込む。
耐えろ。表に出すな、この痛みを。
焼けた痛みで発狂しそうな声を抑え、回復で無理矢理体を維持。
そうしている内にいよいよ岩が衝突、地中から溶岩が
息が辛い。傷はないのに体が悲鳴を上げてどうしようもない。醜いのはどっちだよ。絡め手ばっか使いやがって。
『君は平和とか大層な事を言っている。しかし、それを叶える手段を持っているのかい?』
障壁を壊すことに頭を回す中、思考を遮ろうと人が気にかけている所をピンポイントで煽り立てる。
それらを無視して毒液を展開。氷柱に使った量はそのままに、圧縮して生成した無数の毒針をヒュドラの周囲へ拡散し、一斉連射。
逃げ場を消した弾幕はシュカカカと甲高い金属音を立てる。……手ごたえ無し、毒針は一発たりとも刺さっていない。
それをあざ笑うように、ストーリー・テラーは煽りを止めない。
『私が介入していくつの戦が消えたと思う? その数一万ッ。現存する中規模の戦争から世界を揺るがす大戦は約700。ほぼ全ての争いを私が消してやったんだ』
横からの衝撃。自分の肋骨が砕けるのを体感しつつ、受け身を取る事すら許されず溶岩に叩きつけられた。
息も出来ないような鈍痛と、焼けるような痛みが体中を駆け巡る。痛みを叫びで誤魔化しながら回復して無傷を保つが、精神的にはボロボロの状態だった。
『そのおこぼれにあやかっておきながら、何故君は相対しようとする?』
当然、こいつに正義なんてない。俺の苦しむ姿を見る為の、自分の思い通りに事が進む様を楽しむ為の演出をしているに過ぎない。
全部わかっているんだ、アレは。
俺がこの場に立って尚、戦争を無くす為の明確な答えを持ち合わせていない事。
俺一人が殺生を控えたところで、この世界は何も変わらない事。
今もこうして人間と他の種族は互いをいがみあって生きていて、その種族という隔たりが無くなれば、今度は同じ種族同士の争いが激化する事。
その悲惨な日常の全ては、どこまで行ってもたった一言、『弱肉強食』で片付けられてしまうことを。
『何の考えも持たず、のうのうと生きておきながら自分が少し被害を被れば愚痴を垂れる存在――それが君だ。たかだか
いつか言われたっけな。『いつまでそんなことを続けるんだ。仲間に危害を加えてまですることなのか』って。
何回考えたんだろうな。
目をつぶっていればよかったって。
俺の代わりに誰かがやってくれるだろうって。
もっと利口なら、父さんや母さんがいなくなるなんてことはなかったんじゃないかって。
誰かが俺をこう評価した。『覚悟の足りない子供』だと。
実際そうだと思う。敵を殺さない事を徹底するのなんて、ただ臆病だからだ。自分が手にかける相手、その後ろで笑っている誰かの姿を常に見てしまうんだ。
戦場では常に非情であれ。そんなものわかっている。
それでもこの病気じみた思いは消えてくれない。何度捨てようとしても『まだ持っていろ』と、呪いにも近いソレは脳裏からは離れてくれないんだよ。
その呪いの正体は、今もずっとわかっていない。
「外野なんてどうでもいい、これ以上大切な人が見る景色を誰かの血で染めたくなかった」
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