第18話 雄弁な英雄、鍛え上げた悪

『会えてうれしいよ。ニュー・ビー。私の名前は偶像作家ストーリー・テラー


 目の前で不敵な笑みを浮かべたソレは、フラフラと揺れたかと思えば、急停止してこちらをのぞき込む仕草を見せた。その後、また何事もなかったように揺れ、止まるという奇妙な動作を繰り返す。


 気味が悪い。


 自分の技には仰々しい名前を付けているのに、当の本人はコソコソと気味の悪い笑みでこちらを観察してくる。

 ストーリー・テラーの出した『神の怒り』は壮大で戦力が削げ落ちるような威圧感を持っていたというのに、奴の姿は何故かモノとモノを無理やりくっつけたような歪さをイメージさせる。

 見た目と技の間でギャップが生まれ過ぎて、本当に仕掛けたのがコイツなのか信じられない。


「ヴァルヘイムから聞いた。人と魔族を争わせている元凶はお前だな?」


『争わせているだなんて心外だなぁ。私は争いを大きくしないよう努力をしているというのに』


「ふざけるな。そのお前の言う努力っていうふざけた行為で何人死んだと思っている」


 それを聞いた奴はバカを見る目で指を差して笑う。


 何が楽しいのか知らないが、お前が当事者になったら笑えるのか?

 大切な人が死んで独りぼっちになってしまった時、同じような顔出来るのか?


『知らないよ、そんなの。知って何か得する事ある? 何も面白くないよね?』


「……」


『あのさぁ、私は心震える展開というのが好きなんだよ。誰が死んだとか、誰が苦しい思いをしたかなんてどうでもいいの。私が楽しいかどうか、それが全て。そもそも、外野が他人のことをどうこう言って何か変わるの? キミに何かできるの? それを人は――へぶうっ!?』


 一撃がストーリー・テラーの薄い腹にめり込んだ。

 それは、液化させた腕周り全てを拳一点に集め、限界まで圧縮。その後、可動域の限界まで腰をひねり上げ、回転により生まれた遠心力に、全体重と腕力とシステリアでの怨みが加算された代物。

 拳を変形させた槌による一撃は、喰らった敵が弾丸みたく吹き飛ぶ迄に加速。叩きつけられた地面が広範囲で陥没するほどの威力を生み出した。

 

 このまま、さっさと消えてほしいけど……


『まだ私が話してるんだぞ!! なんてマナーが悪いんだ。折角仲間にしようと思ったのにィ!!』

 

 この程度で終わるはずないよな。

 

 ストーリー・テラーは掌サイズまで遠く飛ばされたのに、何事もなかったようにすくっと立ち上がった。粉みじんに消し飛ぶ位力を込めたはずなのに、元気に大声で喚き散らしている。


「誰が仲間になるかよ。お前みたいなクズ野郎、こっちから願い下げだ」


『……ふっ、ぐふうぅ。随分と威勢がいいねェ、急造で手に入れた力で』


「裏で斜に構えてるだけの卑怯者に言われたくないさ」


『減らず口は一丁前だァ。ちょっと分からせないといけないかなぁ?』


 そう言った直後、小さく映る奴のシルエットは瞬き一つで目前まで迫って来た。憎たらしい笑みで、

 

『英雄譚は好きだよね?』


 そう告げると、背後から真っ黒な空間を生み出す。俺を閉じ込める魂胆か? 直ぐにその場を離れるが、先に空間が覆いかぶさり、暗闇に閉じ込められてしまった。


「ちっ、反物質形状記憶鎧ゴースト・メイル


 体中に反物質を纏い攻撃に備える。

 その時。


『グアァァァァァァオオオオオオ!!!!!!』


 獣と呼ぶには大きすぎる雄たけびと共に、正面に巨大な炎が現れた。かと思えば炎は蛇のような姿に変わり、頭部が一つ一つ枝分かれし始める。一、二、三、と順に頭を作り上げると、残り全てで細く伸びた手足、胴体を形成。


 そうして出来上がった九つの頭がうごめく巨大な竜。

 体の各部位を少し太い線でくっつけたような見た目なのに、息が詰まる程の強烈なプレッシャーを存分に放っている。ヴァルヘイムですらここまで酷くはなかった、信じられない。

 何より大きい、圧倒的すぎる。竜状態のバハムートの二倍位は大きいかもしれない。

 

九叉ノ龍ヒュドラ。君達の世界では守り神として崇められているんだよねェ? キッキッキ』


 ……知らねえよ。そんなの。

 こちとら戦争の歴史と発生事由、あと一般常識しか学んでねえんだよ。

 

『私の作り出した神聖な竜が毒だなんて品のない要素を持つのは許せないからねェ。ちゃあんと聖火仕様にしてるよォ。コレが私のこ・だ・わ・り』

 

 たじろぐ俺に反して歯茎剥き出しでご満悦にムダ知識を語る。耳障りな声だ、気色悪い。

 応戦しようと身構え――


「ガッ!?」


 ――横からの強烈な衝撃に吹き飛ばされ、見えない何かとぶつかる。肺の息が強制的に全て吐き出され、ほんのわずか、意識が飛んだ。


『これで生きてるのォ? うん、やっぱりその能力嫌い!!』


 子供みたくぷんすか怒るストーリー・テラー。それをポーカーフェイスでやりすごしたが、内心俺はこの一撃に酷く動揺していた。

 反物質形状記憶鎧ゴースト・メイルが効いてない。全攻撃を等倍の衝撃で無力化する最強の防御が、最初から発動してなかったと錯覚する程に。


 混乱する脳と激痛で鈍る体にはっぱをかけて、ヒュドラが生み出した炎の応酬を避け続ける。

 全部間一髪……気を抜いたら、死ぬ。


「オラァ!!」


 負けじと全身から分子停止領域アブソリュート・ゼロを拡散。同時に毒性の氷柱を何千本単位で体外へ生成し、四方八方に展開。


『ざんねぇん、はずれでしたぁ』

 

 が、当の敵には一本たりとも接触せず。止んだ隙を見計らって煽るように正面へと現れた。かと思えば、また景色と同化して姿を消し、癪にさわる引き笑いをひとしきり行って、今度はねっとりとした声で耳元からささやいてきた。


『ふふふ、こういう展開はどうだろう。君は守り神を倒し、この世界を滅ぼしに来た意地汚い敵』


 敵がそう口にした瞬間、黒一色の空間は別の景色へと切り替わる。

 ……これは火山、それも火口付近か?

 蜃気楼が漂う中、足元だけが地表になっていた。冷えて硬化した溶岩の下をまだ熱を保持する地中の溶岩が網目状に駆け巡っている。

 

 この場所以外は全て活性の溶岩になっていて、俺の体なんて簡単に炭にする位には煮えたぎっている。そのうえ時間が経つ毎に空気に熱が生まれ、反物質形状記憶鎧ゴースト・メイルをすり抜けてくる。放っておくと少しずつ体が燃え始めるせいで、常に回復をしてないといけない。

 じわじわとなぶられる状況に苛立ちが加速する。


 異様な光景はまだ終わらない。

 ヒュドラが奇声を上げたと思えば、今度は周辺の溶岩から熱を吸収し始めた。熱を吸われ少しずつ硬化していく溶岩に比例して、ヒュドラはみるみる肥大。現れた時よりも二回り程大きくなってしまった。

 

 そして、ストーリー・テラーは相も変わらず景色に紛れたまま、饒舌に宣言。


『私はこの悪を倒し平和を築き上げるべく、数々の苦難や死地を乗り越え立ちあがる英雄ッ。運命に選ばれた私は九叉ノ龍ヒュドラと共闘し、勝利を手にし、民衆を恐怖から解放して見せるゥ!!』


 芝居じみたセリフに呼応するように、ヒュドラの圧力がより強くなる。

 それを真正面から受けながら、ストーリー・テラーの闇が霞む程の黒――全てを喰らう者ブラック・ホールを身に纏って、ヒュドラへと対面する。



 何が英雄だ。

 傷つきたくないから後ろに引っ込んでおいて、栄光だけは語りたいってか? そんな下手くそなシナリオが上手くいく訳ねえだろ。


 どこまでも卑怯者のお前に、ちゃんと引導を渡せるよう全力でねじ伏せてやるよ。

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