第15話 お前はもう、虎穴の中に居る

 問題の場所へたどり着いた。

 相変わらず赤い斑点びっしりで、真っ暗で見えない筈なのに、赤すぎて見えないというよくわからないことになっていた。


「ニア、気をつけろ。そこら中に魔物がびっしりいる」


 音こそしないが赤い斑点は気持ち悪いくらいに動いている。

 いくらダンジョンとはいえ、こんなに敵多かったか? ちょっと心配になるレベルなんだが。


「きっ、見えなくて本当によかった。ここからグレイスって子を探すのよね……ちょっと普通のやり方じゃ厳しいかも」


 そうなんだよなぁ。

 極力敵とのエンカウントを避けて来たけど、ここまで来たら駆除するしかないな。

 あんまり使いたくはないが……ちょっと卑劣な技を使わせてもらう。


極薄荷電粒子ミクロ・エレクトロニクス


 両手を広げ、特殊な粒子をエリア一帯にばらまく。

 この粒子は通常の濃度なら致死量の毒だが、極限まで薄めればいい即効性の麻痺毒として働いてくれる。

 相変わらず音はないがこちらからは筒抜けだ。生体反応がみるみる消えて行く。

 よし、これで心置きなく探せるな。


全てを生み出す者ホワイト・ホール


 贅沢だがちょっとくらいならいいだろう。

 手のひらに石ころサイズの光を生み出し拡散させる。すると、真っ暗だった辺りは一気に真昼位にまで明るくなる。


「うっわ」


 ニアが絶句するのも無理はない。あらゆる虫の魔物が大量に地面で転がっていたんだ。そのうえ小刻みに痙攣けいれんして悶えている。

 言葉にしたくないいろいろなものがそこら中に飛び散っているせいでより生々しく映ってしまう。

 

「きもっ、むり!!」


「長居したくないなこれは。さっさと終わらせるぞ、ニア。」


「うぅ~、わかった!!」


 二手に分かれて男の子を探す。

 体を溶かして木々を潜り抜けるが、ダンジョンなだけあって一本一本の木が無駄にデカい。所々無駄に迂回してしまっている。


「どこだ?」


 全く見当たらない。

 くっそ、こうなるんだったらちゃんと人間には効かないように調整すべきだったな。汎用性を重視しすぎた。


「ぁ……ウ」


 ん? 何か聞こえたような。


「た、た……す……け……」


 岩影の方だよな。声のした方へと進んでいく。

 するとそこには、人間の子供が倒れていた。全身に傷を負っている……どれも深いな、生きているのが不思議なレベルだ。命からがら逃げて来たって感じか。

 少しだけ尖った耳、伸びた牙、そして絵具で塗りつぶしたような緑色の髪。ビンゴだな。


「待ってろ、今助けてやるから。敵毒適化ヴェノム・ヒール


 手から毒液を伸ばし、少年と結合させる。

 麻痺を解毒し、ボロボロだった体の傷を癒していく。ゆっくりだが確実に傷が塞がれていき、あれだけ痛めつけられた体はすっかり無傷になった。


「大丈夫か? 俺の声が聞こえるか?」


「あ……だ、だれ?」


「冒険者だ。救援要請を受けてな。もう少し休むか?」


「ちょっと待って……うん、動ける。もう大丈夫」


 子供はゆっくりと自分で立ち上がり、またどこかへ行こうとする。


「どこへ行くつもりだ。さっさとここから抜けるぞ」


「い、いやだ。このまま帰ったらここまで来た意味が無くなっちゃう」


 目じりに涙をためて、少年は懇願する。

 引きずらない訳がない。ずっと差別されてきたんだろう。この子は何も悪くないのにな。でも、ここで引いても


「大丈夫だよ、あともうちょっとだから」


「駄目だ。この先も敵はいっぱいいる。それに姿を変える薬なんてどう考えても嘘だ。本当に信じてるのか?」


「……」


「その噂、誰が言ったんだ?」


 少年は黙ってしまう。

 酷な事だが、俺の知る限り姿を永久に変える薬なんて聞いたことがない。

 それに少年も本心ではただの噂だと思ってるんだろう。足が震えてるしな。


 それでも少年の意思は固かった。


「もう、嫌なんだ。ひとりぼっちなのは。折角仲良くできても、大人がぼくを避けるように言うんだ。そのせいで皆周りからいなくなっていく。ずっとこのままは、いやだ」


「十中八九、嘘かもしれないぞ」


「いいよ。このまま何もしないでひとりぼっちより、ちゃんと自分の目で知りたい。その時は、ちゃんと諦めるから……」


 このまま放っておいても勝手に行くだろうし、ここで無理矢理帰してもまた一人でここに来るかもしれない。

 それに、あんな光景もう御免だしな。


「わかった。じゃあ俺も行く。仲間と合流して、その後お前の言う薬のある場所へ向かう。いいな?」


「本当!? ありがとう!!」


「絶対、俺から離れるなよ」


「わかった!!」


 それからしばらくして、目まぐるしく動く生体反応を辿りニア、バハムートと合流に成功。

 お互いに無傷だったようで、余計な心配は無用だった。


 なら話は早い。後は提案するだけ。


「リーダー。ちょっといいか?」


「どうしたの、お兄ちゃん。慣れない呼び方するわね」


「チームとして判断してほしいからな。グレイス、お前も文句ないな?」


「うん、お願いします」


 俺はニアに少年とした会話の内容を全て話した。

 このままだと迫害が続いてしまうこと。

 薬の噂は嘘かもしれない事。


 裏で何かが手を引いている可能性があること。


 それを聞いたニアの決断は早かった。


「行くしかないでしょ。お兄ちゃん一人にしたくないし」


「賛成だな。ゴシュジン、放っておくとすぐ無理するし」


「そういうことだから、お兄ちゃんこれでいい?」


「お、おう」


 満場一致とは。普通に退却を選ぶと思っていたんだが肩透かしを喰らった気分だ。

 とはいえ、方針は決まった。後は少年の言う薬のある場所へ向かうのみ。


「ここからは自由行動はなし。離れずに目的地へ向かうわ。そこのキミ、案内できるわよね?」


「う、うん」


「よし、じゃあこのままゴールまで目指すわよ!!」


「おう!!」


 かくして俺達は当初の目的をクリア。新しい依頼である『姿を変える薬の取得』を受けることになった。


 そしてこの後、俺は知ることになる。

 『奴』の持つ異常なまでの執着心を。

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