第16話 偶像の産物
先行する少年に付き添い、薬があるという場所を目指す。
どうやら少年は森の最深部を目指しているようで、まるで森の中を把握しているかのように道に迷う事もなく進んでいく。
先へ進めば進むほどより光が途絶え、用意した
赤い斑点は相変わらずうじゃうじゃうごめいている。
「もうちょっとだから……」
息を殺しながら、先を目指す俺達。
バハムートに目配せしながら『準備』に入る。
「そういえば、グレイスくん。ちょっと聞きたいんだけどいいか?」
「どうしたの?」
「薬の噂は誰から聞いたんだ?」
「えっ」
いや、そこが一番大事だろ。何を言ってるんだみたいな顔をされたんだけど。
少年は自分のことだというのに、なぜかしどろもどろな回答で煙に巻きはじめる。まるで余計な事を聞いてほしくないかのように。
さすがに怪しいのでしつこく問いただすと、不自然に間を置いて少年は嫌そうに答えた。
「リゲルっていう村の子だよ。アイツに教えられた」
「村の大人たちは知っているのか?」
「うん。知っているよ」
「……大人たちは止めなかったのか?」
「誰も止めなかったよ。みんなおれのこと嫌いだし」
「……そうか」
腐ってやがる。
大人たちだったらここがどういう場所か知っているはずだ。ダンジョンっていうのは子供が気安く入れる場所じゃない。ギルドのクエストでもある程度強くないと立ち入りすら出来ない場所だ。それを独りで行く子供を引き留めもしないなんて。
――なんて。
何も知らなかったら、普通に信じていたさ。
当然だが、こんな魔物まみれの場所に子供一人でたどり着けるわけがない。
それに、情報源を答えるのですら無駄に時間をかけていた。当事者なのに、だ。
魔物もうじゃうじゃいる割に、全く仕掛けてくる気配がないし。
裏で何かが動いている気持ち悪さを思い出す。
……こんな所で関わりたくなかったけど、おそらく先には嫌な予感の正体が待っている。
「見つけた」
そう言って少年は前へと指差した。
そこには一本の巨大な木があり、その真ん中に両開きの扉が埋め込まれている。
扉はうっすらと光っていて、何か彫られている形跡があった。
その溝が光り輝いた時、体から血の気がどっと引くのを感じた。
「ゴシュジン、あれは……」
「ああ……」
扉に刻まれていたのは召喚術式。
それも一枚の術式をトリガーに、複数の術式が連結する魔族特有の間接術式。システリアで見た者とまるで同じ。
それはつまり、ここまで来たのは全て仕組まれたものだという証明。
これ以上進むと、詰む。
もう事件の黒幕がわかった以上、俺らに残された選択肢は二つ。
何も知らない道化を演じて少年を無理にでも引っ張ってこの場を逃れること。それが無理なら無理矢理にでも連れて帰ること。
「なぁ、グレイスくん」
「なぁに?」
少年は質問に答えながらも、前へ前へと進んでいく。
「街に戻らないか?」
「どうして? ここまで来たのに」
「ちょっと忘れ物をしてしまってね」
「大丈夫だよ。ここまで来たらすぐ終わるから。あとは薬さえ手に入れれば……」
眠たげな声でフラフラと扉に近づく少年。
先ほどまでの弱弱しい姿を通り越して、もはや意識ごと別の何かに操られているようにしか見えない。
「後悔はしないんだな?」
「どうしてそんなことを聞くの?」
「ここから出る気はないんだな?」
「そうだよ?」
これはもう完全にアウトだな。なら何も遠慮はしない。
子供とはいえこのような事をしてしまうのは本当に申し訳ないが、ここは『荒療治』と行かせてもらおう。
「
指をパチン鳴らし、それを合図に森へぶちまけた毒の制限を解除する。
先ほどまで真っ赤に染まった斑点の集まりは、感電により奇声を上げると、ボトボトと地面に落ちる音と共に消えていった。
麻痺毒の効果を解放して感電特化にした結果、魔物達は耐えきれず絶命したわけだ。
それと同時に、もう一つ準備していたもの――解毒効果が発動する。
「いだい、いだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだい!!」
少年が地面に崩れ落ちた。
苦しみから逃れようと必死でのたうち回るも、麻痺の効果で動きはすぐに鈍くなっていく。
「少しだけ我慢してくれ」
激痛に苛まれ、息が詰まったようなうめき声をあげる少年。
そんな彼を助ける為にニアが近づこうとした。
「触るな!!」
「なんで!?」
「理由は後だ。とにかくそのまま待っていろ」
「でも!! 明らかにおかしいよ。このままだとこの子死んじゃう!!」
ニアが俺の静止を振り切って駆け寄ろうとしたその時、少年に異変が起きる。
「あ、あああ……な、なんで。おにいちゃん……」
少年の体中に血管が浮き上がり、玉のような汗をかき始めた。
そして『薬』の効果が切れると、副作用で無造作に体が跳ね始め、腕や足が変な方向に曲がっていく。
次の瞬間――
「ぎ、ぐああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」
痛みでのけ反った少年が口を大きく開けて叫び声をあげると、皮膚が少しずつ変色していき、うっすらと生えていたツノや牙が魔族みたく鋭利な形へ変わっていく。
そして、人間のような肌色は、副作用が終わる頃には魔族特有の灰色へ変わってしまった。
否、正確には『戻った』と言うべきか。
「えっ、魔族!?」
ニアの反応も無理はない。
目の前で倒れるグレイスくんはどう見ても魔族の風貌をした少年だった。
依頼書に描かれていた人間の要素は殆どなかった。
「嫌な予想が当たってしまったな、ゴシュジン」
「ああ。これで俺達は一刻も早くここから出ないといけなくなった」
こんな子供一人で魔物の群れを突破出来るわけがない。しかし、何故か少年はここまでたどり着いていた。
それは、少年をここに連れてくる為に誰かが暗躍したから。
俺の推測はこうだ。
少年が独りで森へ向かった時、魔物に一切エンカウントしなかった。
そのお陰で順調に奥を目指す彼は、誰かに言われた通り何事もなく例の薬を手に入れた。
そして、薬の効能により洗脳されて記憶まで改ざんされた少年は、まだ薬を手に入れてない体で俺達と引き合わされる。
どうして魔族の子が選ばれたのかは疑問に残るが、流れは間違っていないはず。
きっと母を名乗っていたあの女も偽物だろう。
となると、テレンガの里そのものがグルになっていて本来の村は既に壊滅している可能性が高い。
「ギィイイイーーーーー、ギギギ。ギィーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
この森に入って殆ど接敵しなかったのに、今はもう魔物の喚き声がやかましく鳴り響いている。
「なにこれ、超うるさいんだけどっ!?」
「早くここを抜けよう、ゴシュジン。頭がどうにかなりそうだ!!」
「ああ、わかってるッ」
少年をおぶりながら、元来た道を急ぎ足で戻る。
待ってろよ、陰湿野郎。
見つけたら必ず一太刀浴びせてやるからな。
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