第14話 ルルームの森

 ルルームの森に近づくにつれて敵が増えて来た。


「ちょっ……ムーちゃん、前行きすぎ!!」


「……」


 ニアが追いつこうとするが、微塵も止まる気配がない。むしろ加速してる、ありゃ冷静じゃないな。


 ばったばったとなぎ倒されていく魔物たち。

 最初は果敢に挑んて来たのもいたけど、バハムートのパワー、スピードに対抗する間もなくあっさりやられていった。

 逃げようとしても追いかけて倒していく様は、はたから見たら災害である。

 

 命がけで挑んだのにパンチ一つでぶっ飛ばされてはたまったもんじゃない。

 あの魔物が俺じゃなくてホントによかった。


「む?」


 バハムートの前に巨大熊が現れた。

 果敢にも竜相手に全速力で突進を仕掛けてきた。


「邪魔だッ!!」

 

 体をバネみたく捻り、生み出された回し蹴りによって一発で空のお星様になってしまった。

 

 次にキラーホーネットが群れを成して現れたが、残像が見える程の爆速パンチに巻き込まれ、あっという間にさよなら。巨大熊の仲間入りを果たした。

 

 その後も屈強な魔物たちがわんさか現れたけれど、出くわしてはやっつけ、出くわしてはやっつけ。竜に挑んだ奴は例外なく一撃でその場から退場していった。


「やりすぎはよくないぞ~」


「心配するな。殺してはいない」


 それからもバハムートは目につく敵をまるっと退治していく。

 里の住民なら怯えて逃げる位に恐ろしい魔物達も、見ててかわいそうになるくらいぼっこぼこにしていった。しかもちゃんとギリギリ息の根を残したみねうちで。


「ぎ、ぎぃいい」


 涙目になりながら逃げていく魔物もいたが、先回りされて残らずノックアウト。

 いつか言っていたっけ。頂いたものは残さず食べると。


「ううむ、すっきりせん」


「鬼か、お前は」


「ワシは竜だ!!」


 そういう張り合いいらないから。

 結局、ルルームの森へ付く頃には敵の気配すら消えてしまった。来た時よりもずっと静かで木が揺れる音しかしない。

 奴のおかげで、くしくも何の不自由もなく目的地へたどり着いたのだった。


「ムーちゃんって、あんなに強いんだ……」


「そりゃあ竜の王ですから」


「あれ、本当だったんだ。嘘だと思ってた」


 信じられてなかったのか。哀れ、竜。

 しかし、あの竜はとんでもなーく強い。それも人間相手なら軽く無双できるには。


「まぁ、そういうことだ。いつもふざけた奴だけどちゃんと強い」


 仮にも人類最強の俺を喰ったのだ。この程度家の掃除より簡単だろ。ま、その時の俺は文字通り雑魚だったけど。


 竜の後を追っている内に、ルルームの森に着いた。

 てっぺんが霧で見えない位巨大な木たちがびっしりと並んで、そこから先は殆ど何も見えない。木がデカすぎて光をほぼシャットアウトしているらしかった。

 そんな森の中からひんやりとした空気がこちらへと流れてくる。


「行くわよ」


「おう」

 

 ニアの言葉を合図に森の中に入ると空気が変わった。

 外と違って、急にじめじめした湿気の強い空気が俺達を包み込む。

 雨でも降っているのかという位じめじめしていて、入って5分も経たずに肌や鎧には水滴がびっしょりと付いていた。

 

 中はやはり薄暗く、光は殆ど遮断されていて隣のニアの顔もぼんやりと見えるくらい。

 こんな場所、子供一人だったら間違いなく遭難する。


 そんな中、バハムートは相変わらず先陣で敵をなぎ倒してるらしい。ひぎぃとか、ぶひぃとか魔物達の情けない悲鳴が聞こえてきた。

 なんかもうそのまま動いてもらった方が都合がいいんじゃないか、コレ。


「あいつはいったんそのままにしておこう。で、こっからは俺の仕事だな」


「へっ?」


「よっこいしょ、っと」


 森に付くまでにこっそり懐に隠していた秘密兵器――生体反応を検知できる毒を周囲に展開した。

 この毒は対象の心音と体温の有無だけを検知して、対象をマークするモノだ。

 本来ならもっと検知する内容を高性能に出来るけど、それだと頭がパンクしてしまうので、得られる情報を斑点という最小限にすることで範囲拡大に特化させた。


 蛇の叡智アクレピオスは性能が高い分、能力を調整しないと脳への負荷が半端ない。調整しないと情報の吸収量が爆発的に増えるからだ。

 なので、少しでも負荷を減らすためにあらかじめ場を想定した毒を作らなきゃいけない。

 この生体検知もそういう観点から作り上げた。

 

 というわけで、早速生体検知を使うと、半透明の赤い斑点がうじゃうじゃと視界に現れた。

 コイツらが魔物達なワケだが。


「オラアアアアアアアアアアアア!!」


 あの竜、何かスイッチ入ったな。

 竜らしき赤い斑点が目まぐるしく動いては他の斑点たちをばちゅーんと消してゆく。

 それでもまだ赤い斑点は大量に残っているが、赤色は秒間隔でみるみる薄れていく。とんでもねえな、このスピード。


 ただ、問題のグレイスが見つからない。

 斑点が多すぎて特定できんのもあるけど、単純にもっと奥にいる可能性もあるよな。


 ……もう少し範囲を広げてみるか。負荷ヤバそうだけど。


「ニア、悪いけど俺のこと守ってくれないか? ちょっと集中するから」


「わ、わかった!!」


 今度はより範囲を広げて毒を拡散。気持ち森全体を覆うレベルでやってみた。

 すると、赤い斑点が爆発的に増殖し、斑点ばかりになって視界はもはや赤一色。糸くずみたいな軌道でうじゃうじゃ動いている。


 一つ一つはささいな情報だが、物量の波が一気に押し寄せてきたせいで、立ち眩みが起きてその場に倒れてしまった。


「き、きもちわるい」


「大丈夫!?」

 

「あ、ああ。少し休めば治るから、気にするな」

 

 いけない、つい倒れてしまった。しかし、この数、尋常じゃないな。

 このまま馬鹿正直に探してたら俺の網膜が死ぬか、腹いせで森をぶっ飛ばすかの二択になってしまうわ。


 とはいえ、闇雲に森の住民を殺すのは頂けない。平和的に解決できるよう、何かしらの対策を練ろう。

 さっさと終わらせてこのストレス社会から解放される為にも。


 体調も良くなってきたので、気を取り直してグレイスくんの捜索へ。

 しっかし、こんな場所に子供一人で本当に来れるのか?

 こんな魔物にまみれた場所なら、大の大人だってひとたまりもないぞ。


 そこで気付く。

 さっきから魔物からの攻撃がない。まるで何かを待っているような……そんな感じだ。

 嫌な予感がよぎる、その時だった。


「お?」


 これは何だ?

 反応はあるが一切動きがない。それも一点だけ。ここからだと、南方向に二キロ圏内ってとこか。

 グレイスくんか確証はないが、行ってみる価値はアリだな。


「目星がついた」


「え、もう!?」


「ああ。ここからだと、急いで五分というところかな」


「近いわね……体調、大丈夫?」


「問題ないさ。お兄ちゃんパワーなら何でもござれよ」


「ふふっ。頼りにしてるわよ、ベテラン冒険者さん」


「おう、任された!!」


 俺達は赤い斑点共を潜り抜けて、動きのない反応――おそらくグレイスくんであろう場所を目指す。

 快速で道中を飛ばす中、ふとニアが尋ねて来た。


「……お兄ちゃんも、あの子と同じくらい強いの?」


 うーん、どう答えたものか。

 正直に人類最強です!! なんて口語しようものなら……


『冗談はよしてよね。この年になって見栄張るなんて恥ずかしくないの!?』


 うーん、ロクな未来が見えないな。

 ここはお茶を濁そう。


「ま、まぁ同じくらいかな。色々加味したら、な。はは、は……」

 

「……そっか」


 そう返すと、ニアは何か思うことがあるのか黙りこくってしまった。


「私にできること、あるのかな」


「ん?」


「ムーちゃん、あの時辛そうだった。でも、何もできなかった。みんなあたしより強いし。自分が情けないよ」


 そうでもないと思うけどな。

 本当に何もないならああも悩んでいないだろうし。


「まあ、心配ないんじゃないか?」


「それは一緒に旅したからわかること?」


「そうかもな」


「やっぱそうだよね。ムーちゃんとお兄ちゃん、お互いが分かり合っている気がするもん」


「ふぁっ?」


「あたしの知らない事がいっぱいある。お兄ちゃんのことだってわかってない。家族なのに、友達なのにあたしは何もわかってない……ってごめんね、こんな話。今はクエストに集中しないと」


 ははは、何を言ってるんだいニアちゃん。

 あんな規格外のことなんて分かるわけないじゃないか。


 確かにこの三年、ニアとは離ればなれになっていた。

 そのせいで色々変わったことはある。けど、それはニアが悩むことではない。当たり前のことだ。

 俺もこの三年でニアの知らない所はかなり増えたし、それは当然、ニアもわかってるはずだ。


 だから、本当に話したいことは、どうやって身内と距離を縮めたいかってことだろう。

 気持ちはわかる。けど、それは知識を詰めたって埋まるものでもない。じっくりと関わっていくしか近道はないんだよな。


 ただ、お前のそういうところに俺達は助けられてるんだぜ。


「大丈夫だよ。俺もアイツもお前のその優しさに救われてるからさ」


「なっ、や、やさしさなんてそんな……フン」


 ふてくされてしまった。こりゃちょっと判断を誤ったかな?

 けど、まあそういう事だから心配ご無用。


 もっと気楽でいいんだ、リーダー。

 頼りにしてるからさ。

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