第13話 その身になって知ったこと
ターミナミアを出て数時間。
朝日が差していた空にオレンジ色が目立ち始めると、足元にハッシュ村と似たような小さな集落が見えて来た。あれが目的地か。
本来ならあと二日はかかるであろう長距離も、バハムートのおかげでこの程度で済んだ。感謝しかない。
「ムーちゃん、あそこに降りよう」
「了解!!」
バハムートはゆっくりと下降していき、集落の手前にある小さな空き地へ降り立った。
「まずは依頼人に会いましょうか」
ニアを先陣に木製の門をくぐると、ハッシュ村と似たような街なみが広がっていた。
畑を耕す農家、屋敷の中で牛の乳しぼりをする人たち。道端では子供たちが走り回っている。
「ここがテレンガの里だな」
依頼書に書いてある写真の背景と照らし合わせても違いはない。俺達は無事、目的地にたどり着いたわけだ。
「依頼人の家は……」
依頼書とにらめっこしながらそれらしき家を探す。確か
目印になるのは――
「アレじゃない?」
ニアが指さした先には布と針をトレードマークにした看板が立っている。超わかりやすいな。
ただし、店を開いている様子はなく、扉の前には『休業中』という札が立てかけられていた。自分の子がいなくなったんだ、気が気じゃないのも無理はない。
「早く助けないとね」
ニアの呟きに俺らは同調するのであった。
気を取り直して裁縫屋の扉をノックする。家の中からガサゴソと音がなるが、扉は一向に開かない。
三人で顔を見合わせ、警戒をしつつももう一度ニアが扉に手をかけようとした、その時。
バァン、と勢いよく扉が開いた。
ファーストコンタクトでびっくりした間抜け面を晒すのも嫌なので、ギリギリ平静を装い開いた扉の先を覗く。すると、奥から一人の若い女性が慌ただしくこちらに迫って来た。
「ギルドの方ですか!?」
「は、はい。ターミナミア支部から派遣されました」
「よかったぁ~」
こちらがギルドの人間だとわかると、女性は力が抜けたように崩れ落ちてしまった。
声をかけてみたが、会えたことに満足したのか放心状態のまま反応がない。子供の安否を考える以上さっさと話しを進めたかったので、面倒ながらもう一度声をかけると、今度は突然飛び上がり、すぐに「入って下さい」と家の中へ案内された。
言われた通りにそうすると、今度は「ここに座ってください」と用意されたイスに座らされた。
「こんな辺境で申し訳ございません!!」
女性は開口一番に深くお辞儀した後、慌てて台所に入り、紅茶やら何やらを用意し始めた。何も無いところでつまづきそうになったり、手に抱えたトレーがガチャガチャと揺れていたりと、あまりにも危なっかしい。
見かねて手伝いますかと尋ねても「お構いなく!!」 と強い口調で断られたせいで、いつやらかすかを見守るチキンレースをさせられる羽目になった。
結果、紅茶の入ったポットは予想通り宙を舞う。ティーカップに入るはずだったそれは、見事カーペットにびしゃんとぶちまけられた。
「も、申し訳ございません」
「そんなことどうでもいい。さっさと要件を言え」
平謝りを繰り返す女性と話の進まなさにうんざりしたバハムートは、めちゃくちゃ不機嫌な顔で話しを続けるよう促した。
びっくりした女性は我を取り戻し、おどおどした様子で椅子に座り、わたわたと依頼内容について話し始めた。
「こっ、今回助けてほしい子はこの子です。名前はグレイス、10歳の男の子。緑色の髪をしていることが特徴です」
そういって救助対象の写真を渡される。
女性の言う通り写真からでもくっきり見える緑髪だ。後はあれだな、ちょっと不機嫌そう。
「他に情報は?」
「そうですね……何個か特徴があります」
そう言って、もう一枚の写真を手渡される。
そこに映っていたのは原っぱでひとり遊んでいる様子が映った先ほどの少年。ただ、さっきの一枚にはないある特徴がくっきりと出ていた。
耳が人間に比べて鋭角で、口元にもうっすらと牙が見え隠れしている。
「この子は魔族だったりするんですか?」
「あの子は魔族なんかじゃありませんっ。あんな野蛮なものと一緒にしないでください」
「そんなことどうでもいいです。続きを話してください」
「す、すみません」
何故か女は竜を見ながら吐き捨てるようにそう言った。が、ニアのキレのある催促がぴしゃりと止める。女は怒りを含んだ顔から、さっきの怯えた様子に戻ってしまった。
一方、ニアは努めて無表情に徹している。……あれは完全にキレてるな。あの顔は無理矢理怒りを抑えている時のソレだ。
まぁ、俺だって共に死線をくぐった仲間をバカにされていい気持ちはしない。
依頼じゃなかったら問答無用で帰ってるし。
その時、バハムートはこちらを見ると一瞬だけ驚いた顔をして、すぐに何もなかったように正面に向き直った。
それからは特に何事もなく話が進んでいく。一通り内容を聞いて最終的に依頼内容と相違ないことを確認した。
整理した結果、話の内容はこうだ。
グレイスはその容姿のせいでのけ者扱いされている。
はたから見れば魔族とも見て取れる姿は、人々にとって差別の対象になってしまった。
そんなある日、里である噂が広がった。それは種族を変える薬がルルームの森で手に入る。というもの。
明らかにキナ臭いが、何としても見た目を変えたくて、グレイスは単身でルルームの森へ入ってしまった。
自分ではとても助けられないので、ギルドに依頼をかけた。そういう所らしい。
「どうか、あの子を救ってやってください」
深々とお辞儀をされたが、さっきのこともあって心が動かされるわけもなく。
女性には「了解しました」と一言だけ告げ、さっさとその場を後にした。
「一通り話は聞けたわね」
「そうだな。これだけ情報があるなら後は本人を見つけるだけだ」
よし、これで指針は決まった。
こんな依頼、終わらせてしまおう。仲間をバカにする奴は正直好かん。
ルルームの森はここからだと歩いて一時間程度。なので、急ぎでクエストを終わらせればギリギリ夜更け前に一通りが終わる。
そう判断した俺達は、とくに里を探索することもなくルルームの森を目指すことにした。始めはバハムートに協力を仰ぐことも考えた。けど、ああいう人間がいる以上、人の目に映るのは極力避けたい。
そういう訳で、俺達は地道に陸路を歩いている。
全く、このクソみたいな差別意識はどこまでいっても邪魔してくるな。頭の固い連中にイライラしていると、バハムートが申し訳なさそうに声を掛けて来た。
「ゴシュジンよ」
「どうした?」
「ワシは己の器がいかに小さいか理解した」
物凄く凹んだ様子だ。ひょっとして気にしてるのか?
「あんなもん、気にするな。お前は悪くない」
「そうよ。人間の全てがああいう人じゃないわ」
人間というのは情けないことに排他的な生き物だ。
自分を優位に立たせるために、集団で自分達よりも強い個を追い込む戦法で生きて来た。その名残なのか人は、自分達と異なる存在を敵とみなし攻撃する慣習を作ってしまった。
心優しい人間はそれを差別と名付けて糾弾したが、全てが善人なわけもなく、こうして堂々と差別をしてしまう人達は今も残っている。
集落単位で残っている場合もあるのがまた酷い話。俺がこの世で最も消し去りたい無駄の一つだ。
だから「何も悪くない」と励まそうとすると、珍しくバハムートは「違う」と強く遮った。
その顔にいつものふてぶてしさはなく、触れば簡単にくずれそうな程弱弱しい。
「この世の生物はどんなに形が違えど弱肉強食という業を持っている。すなわち強き者が天に立つ。それを肯定することが間違いだと思ってなかったし、むしろそれが当たり前として生きて来た。……あれはゴシュジンと関わる前のワシだ。何千年も生きているというのに、今更になってようやく理解した」
俺達に背を向け、バハムートはひとり前を歩く。
「ワシはいま、とてつもなく己が情けなくて仕方ない」
何と声をかけるべきかわからなかった。
結局俺は、小さくなっていく竜の後ろ姿を見ることしか出来なかった。
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