第11話 破天荒な新風
「これ、マジで?」
「おお、マジだ」
目の前には俺らの3倍はあるだろう巨大な熊。それが完全に意識を失っている。
それだけでも驚くべき話なのだが、熊の顔には岩が激突したのかと錯覚するほど見てて痛々しいヘコみができてしまっていた。
「どんなもんよ!!」
凛々しく仁王立ちするその姿はニアであっているのか、ほっぺをつねったり何度も瞬きしたが変わらない。
いや、スキルもってない頃の俺だったら百パーセント負けてるとかそんなこと思う訳ないじゃないか。膝が笑ってるのはきっと地面が揺れているからさ。
そう、うちのリーダーはとんでもなく強いのである。
時は戻りターミナミア支部。
「これやりたい!! あれもやりたい!!」
そう言ってニアが指さしたのはCランククエストからBランククエストの計10件。
普通なら多くても1日2件が関の山な訳だが、この子今まで田舎で過ごしてきたからとにかく暴れまわりたいそうだ。何だよそれ、どこのガキ大将だよ。
「あの、ニアさん。もっと減らしません?」
「いつもこれ位はやってるから大丈夫!! ね、ムーちゃん!!」
「おうとも!!」
両手をワイの字にして片足を上げたり、左手を空高く伸ばししゃがんだりよくわからないポーズでお互いを鼓舞しあっている。いったいどうしちゃったんだニアさん。お兄ちゃんと暮らしてた時はそんなことしてなかったじゃないか。
「あれ、あの子たちの間で流行ってるらしいのよ。勿論周りはドン引きだけどね」
「止めてあげてくださいよ。見てられないです」
「止めなかったと思う?」
「……申し訳ございませんでした」
新しい風は止められない。
疲れ切った声でそう言う受付嬢さんは短い時間でとんでもない苦労を重ねているようだ。
が、今度とんでもない苦労を重ねることになるのは俺だった。
「おい、そこのお前!!」
真後ろから野太い声がした。振り返ると、ああ、俺も知っている奴だ。数々の苦い思い出と共に心の中で盛大に汗が流れ始める。
「お前、戦略家キールだよな?」
「いや、誰ですかそれ」
「その長い黒髪に微塵も男らしさが見えない顔、もしやとは思ったが……」
「人違いじゃないですか?」
「そんな訳ない!! 俺は一度だってお前のことを忘れたことはない。何せいなくなったお前を探してずっと……」
指をパチンとならす。
男はむぅ!? と驚いた声をあげて以降全く音がしなくなった。口元を抑えて迫真な顔芸を披露したり、暴れたりするがやっぱり音は出ない。
止められるわけないでしょ。音を反物質で打ち消してるからね。
我ながらとんでもない使い方しているなと空笑いが出るが、これも立派なスキルの使い方である。名付けて『沈黙は金』でどうだろう。
一旦これで火元は消えたけど、これ以上いるとロクでもないことになりそうなので退散の準備に入る。
内心心臓バックバクだからね。
「ニアよ。お兄ちゃん、これ以上いると昔の古傷でどうにかなっちゃいそうだからとりあえず急ぎで受注だけはしてくれないか?」
「え、ええ? 古傷?」
「そうだよ。だから急いでここから出ようねぇ。勿論できる奴だけ選ぶんだぞ」
「わ、わかったわ」
変なものを見る目で俺を一瞥した後、望み通り早めに受注を受けてくれた。ニアがその場を離れた後、バハムートに『あんな奴、ゴシュジンだったら屁でもないだろ』と言われたが、俺は別の国で変な懸賞金が掛けられているからね。うかつに派手な行為は出来ないんですねぇ。その事情を話した所、『人間って本当に面倒だな』と言われた。
本当にその通りである。
そういう訳で、一通りできるクエストを洗い出してもらった。後は現地へ向かうだけだ。
どうやらバハムートは羽だけを元に戻して移動することを覚えたようで、左右の腕で俺達を掴むと、竜の時と比べてゆるやかなスピードで空へと上昇していった。
「ゴシュジン、この竜人モードで共に飛ぶのは初めてだな!!」
「最近覚えたのか?」
「そうとも!! 歩きはやはり面倒でな。人間にバレても問題ない方法を考えたらこの結論に至った!!」
竜も人間に馴染むようになるとは。我ながら凄まじいものを見ているよな。
しばらくして目的地に着いたと思えば早速敵が現れた。
戦いの準備として構えようとしたが――敵が消えた。
「え、どこ?」
「あそこ」
そう言ってニアが天高く指を差すと、急速で何かが降ってくる。敵だと認識出来た時には空から落ちて来てズドン、と鈍い音を立てて地面に衝突してしまった。
完全に気絶している。
「さ、次いきましょー!!」
そう言ってニアはきびきびと次のクエストの準備に取り掛かった。
移動しては敵を吹き飛ばし、移動しては敵をぶっ飛ばす。次から次へとクエストを処理していって、何かもう俺達は完全にぼっ立ちだった。
最後に冒頭で挙げた巨大熊と遭遇したわけだが。
実はちょっとだけ攻防があった。しかし、それもニアが本気を出してからは一瞬で片が付いてしまった。
ニアが両手を前にかざすと全身から緑のオーラがあふれ出し、突風が吹き荒れ始めたのだ。
木々が悲鳴を上げるが、それでも風はより強くなっていき――
「さっさと眠って、よ、ねっ!!
「グオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!?」
生み出した突風と見事なひねりを加えた掌底は熊の巨体ですらも紙切れのように吹き飛ばしてしまった。
何本もの木をなぎ倒し、飛ばされた巨大熊は情けない姿で伸びていた。
「やるじゃろ、イモウト殿も」
「す、すげぇ」
「どんなもんよ!!」
呆気に取られる俺をよそに、ニアさんはビシっとピースサインを見せたのだった。
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