第5話 俺と妹と竜の奇妙な共同生活

 家へ帰って来て二日程たった。


 本来なら羽目を外してゆっくりくつろぐ予定だった――が、悲しいかな。今、この部屋は震える位に殺気で満ちていた。

 さっそく竜と妹が喧嘩をおっ始めたのだ。というより……


「どうしてこんなに食器を雑に置くの!! 食器を乾かす時は間を開けるっ。そうしないとすぐ乾かないでしょ!!」


「は、はいっ」


「それに掃除も雑!! ゴミはどうしてあそこに置いてるの、ゴミ捨て場に棄てなさいよ。家はゴミ箱じゃないんだから、ほら!!」


「ただいまやります!!」


 ニアがめったくそにバハムートを叱っていた。

 鬼みたいな顔で指を差したのは家の庭、そこには山のように積まれたゴミ達。本人曰く、自分達の住む場所にゴミがなければ問題ないじゃない。なら、外に置けばいいじゃない。というワイルドな論理でそうなったらしい。


 きっと竜の生活ではゴミを捨てるという習慣がなかったのかもしれん。けど、潔癖なニアがそれを見たら間違いなくブチ切れる。案の定、ニアに叱り飛ばされながらいそいそとゴミの処分を始めていた。乱雑に放置された食器たちはぷんすか怒りながらニアが綺麗な形に並べなおしていた。


「あのね、竜だか何だか知らないけどウチで暮らすならちゃんとルール守ってよね」


「す、すみません」


 ああ、これ見たことある。

 ギルドのあるパーティが不始末をして帰って来た時、受付嬢の人にどちゃくそ怒られてるときそっくりだ。それなりに名の知れたパーティだったが、一人の女性相手にべらぼうに怒られて、大の大人たちが肩を落としながら受付から追い出されていくわけだ。面子丸つぶれもいいとこ。


 そう、今のバハムートはそれに近い。合掌。


『ゴシュジン、助けて!!』


 で、終わるわけもなく涙目で声にならないヘルプコールがこっちに来た。

 この竜、本当に竜の王と呼ばれていたのだろうか。先ほどから面子がぺしゃんこにぶっ潰れてる姿しか見ないんだけど。


 ……しょうがない。手を貸してやるか。


「ニア、ちょっと聞いてくれ」


「何よ!! 今忙しいからあとで……」


「バハムートはまだ人の文化に慣れてないんだ。せっかく馴染もうとしているんだから、もうすこし優しく教えてやってくれないか?」


「あっ……」


「俺も手伝うからさ。バハムート、あれを片付ければいいんだよな?」


「ゴ、ゴシュジン!!」


「お前もお前だ。竜と人では色々勝手が違うから先にやりかたをニアに聞くんだぞ、いいな?」


「わかった!!」


「ニアも俺が帰って来てからいろいろやってくれたしな。という訳で、後は俺がやっとくからニアは休んでてくれ」


「わかったわ……」


 こんな感じで両名のフォローで四苦八苦していた。

 うーん、種族が違うと、文化も違うからこういうことは起きるよな。ニアの逆鱗に触れるどころか連続蹴りをかますような振る舞いを見て、こいつ終わったな。って思う事もあったけど、自分が連れて来たんだもんね。もう少し気を配るようにしようね。


 それから、バハムートはニアにいろいろ教えられながら日々の生活を送っていた。

 慣れない環境の中で色々と家の周りを手伝うようになり、次第にニアに教えられなくても最低限のことはできるようになっていった。


「そうそう、その調子!!」


「イモウト殿よ、ワシは竜ぞ。この程度造作もない!!」


 一方、ニアは持ち上げ作戦に出たらしい。

 うまくいったら褒める、とにかく褒める。失敗しても厳しい物言いは控え、わかりやすいように工夫しながらやり方を教えたりと丁寧にフォローをしてくれていた。


 そのおかげか、裏でバハムートから「イモウト殿は素晴らしい。ワシらの文化に合わせた内容でモノを教えてくれるから理解しやすい!!」 とお褒めの言葉を貰った。ニアの要領の良さにはいつも感心する。


 おかげさまで最初はビビって話しかけるだけでも尻込みしていたバハムートも、次第に自分からニアへ話しかけるようになっていく。そして、いつの間にか二人仲良くどこかへ外出することも増えていた。あんなにスタート地点が酷かった二人が仲良く外へ出かけるのを見た時は心に来るものがあった。自室でこっそり泣いた。


 それからというもの、ニアの尽力のおかげでバハムートはみるみる人間の生活に溶け込み、次第に俺らのフォローが無くても自力で掃除や洗濯などができるようになっていった。さらに、まれではあるが、村の人と日常会話をしているシーンもチラホラ見かけるようになった。


「バハムートも随分と馴染んだよな」


「そうだな!! イモウト殿のお蔭で大分過ごし方がわかってきたぞ!!」


「流石だな、いもうと殿」


「フフン」


 自慢気の妹とにんまりしている竜。

 いや、二人とも本当によくやってくれてる。そのお陰で何もすることなくてずっとぐうたらしてたもんな、俺。感謝しなきゃいけない立場なんだから何もしてないと流石に心苦しいぞ。

 何かお礼の一つや二つしなければ気が済まない。


 こいつ等の好きなものって何だ? 何かいいものはあるか? といいつつ俺もやらないといけないことが1個残ってて、その兼ね合いを考えないいけない。


「うぅん」


「どうしたの?」


「いや、ちょっと考え事を……あ、そうだ」


 ここで一つある方法を思いついた。


「折角二人が頑張ってくれたので、ご馳走がてらどこか出かけようと思うがどうだ?」


「いきた~い!!」


 満場一致。二人とも喜んでくれた。

 あと、旅の道中に何個かおいしい飯屋をピックアップしていたんですよね。外に出てリフレッシュしてもらいつつ、いい思い出作りになってくれればいいな。

 個人で寄りたかったという下心ももちろんありますが。


「じゃあ、そういう訳で明日出発するか」


「賛成!!」


 よし、じゃあ明日から楽しい楽しいぶらり旅の始まりだ。

 さっさとやるべきこと終わらして、あとは余暇を満喫するぞ!! 田舎でのんびり暮らすじいちゃんばあちゃんもびっくりのスローライフを送るんだ!!

 心の中で、決意を固めるのであった。


「その前に、お兄ちゃん」


「ん? なんだ?」


「お兄ちゃん、帰って来てからずっと椅子使っても元の場所に戻してないよね。あれ、ちゃんと直すようにしてね。あたしがいつも直してるんだからね」


「しゅ、しゅみましぇん」


「活舌が悪い!! ちゃんと『申し訳ございませんでした』って頭下げる!!」


「申し訳ございませんでした!!」


「よろしい」


 ニアの鞭は相変わらず鋭かった。

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