第4話 おかえりって言うの、ずっと待ってたんだからね
村の入口に立った時、忘れていたはずの思い出がぶわっと頭に広がった。
外を走り回る子供たち、畑で野菜を耕す農家のみんな。トンカンと鈍い音が響く鍛冶屋。ムスッとした顔でスケッチをする村長。
そして、村から少し外れた所に位置する、木製の壁がちょっぴりくすんだ相変わらずぼろっちい家。
俺の家。
「アレがゴシュジンの家か」
「ああ」
やべ、涙出そう。
村の端から端まで続く畑道を、一歩一歩踏みしめるように村の中へと入っていく。景色が変わっていないせいで、俺だけ年を取ったみたいな感覚だ。
「あ!! キールくん!?」
頭巾を被った女性が俺の元へと駆け寄って来た。
仕事中だからか、農業用の長靴と
「お久しぶりです。シュミさん」
「大きくなったねぇ!! 村を出る前は本当に心配だったけど、こんなに格好よくなっちゃって」
「そう言ってもらえると嬉しいです、ありがとうございます」
「そこの女性は? なんてヤブなことは言わないよ。ニアちゃん、きっと喜ぶに違いないわ」
「いやいや、ただの仲間ですって」
「またまたぁ~」
「はは、これは参った」
シュミさんは俺とニアが子供の頃からお世話になっていた人だ。
親を亡くした俺達はこの村に流れ着き、途方に暮れているところをシュミさんが助けてくれた。
働き口をもらった俺達はシュミさんの元で働きながら、生活に必要な知識を教えてもらった。
そのおかげで俺は生きてこれたし、妹も生活に不自由なく育つことが出来た。本当に頭が上がらない人だ。
「ゴシュジンが笑ってる!?」
「いや、普通に笑うだろ」
驚愕する竜にツッコミをいれたが、言われてみればシステリアを出てから笑ったことなかったっけ。その前もほとんど笑ってなかったような……
うん、もう少し笑うようにしよう。
「まぁまぁ、キール。女の子を心配させちゃいないだろうね? ……折角かわいい子なんだからいい思いさせないと他の男に取られちゃうよ?」
「なっ!?」
「ゴシュジンが手玉に取られてる!?」
さっきからお前は驚愕しすぎだ。
ばつが悪くなり、これ以上会話するとまたボロが出そうなので軽く挨拶を済ませて、家路へつくことにした。後ろからちゃんとがんばんのよ~と聞こえた時には顔から火が出るかと思った。
「ふぅむ、ゴシュジンをあそこまで
「なんて?」
「いいや、なんでも。ぬふふ」
何かブツブツ言ったかと思えば、途端に意地悪くニヤニヤし始める。大人びた顔面が台無しだった。
シュミさんと別れて、歩きながらどうするか考えた。カトレアの件だ。
正直、何も関わらず家に逃げたい。とはいえ、せっかくお世話になった人たちへ挨拶もなしに帰るのは宜しくない。
理性に負けた俺は、結局他の人へ挨拶がてら軽く声をかけることにした。幸いなことに、皆一様に俺が帰ってきたことを祝福してくれて、俺の成長を褒めたたえてくれる。
そんな時だった。
「カトレアちゃんはどうしたの?」
……こうなるよな。
体から血の気が引く感覚はいつぶりだろうか。捨てられたあの時以来だっけ。何を話すべきなのか一瞬で飛んだ。
考えろ、考えろ。大事なのはまるっきりの嘘じゃない。真実を交えた嘘だ。
「か、カトレアとは旅の途中で離ればなれになってしまいました。ある戦いからずっと行方を追ってるのですが村には帰って来てないですか? アイツならもう帰って来てるのかと思ったんですが」
「帰って来てないわよ。カトレアちゃん、大丈夫なのかしら?」
悪い予感は続く。
カトレアのお母さんが血相を変えて俺の前に現れたのだ。
「カトレアと一緒じゃないって本当!?」
「えぇ、自分は途中ではぐれてしまって」
「何があったの。ねぇ、キールくん。どうしてキールくんはカトレアと離れちゃったの? どうしてカトレアの側に……」
追いやられたのは俺の方なんだけどな。アンタの娘は同郷の俺を捨てて、自分の好きな男の所に行ったって、そう言ってやりたかった。
……言えるわけないだろ。この村で世話になった人をナイフで刺すような真似したくない。
この人達が俺を裏切ったわけじゃないんだから。
「申し訳ございません。自分は戦が一番激しい場所に追いやられてしまって。一緒にいる訳にはいかなくなってしまいました」
「そんな……」
「安心してください。彼女は俺よりも遥かに強いです。今、カトレアはギルド御用達のSランクパーティの一員なんです。修羅場は誰よりも潜り抜けて来ている。それに俺でも帰ってこれたんだ、きっと大丈夫」
周りは口を揃えてあのカトレアが? と話し合っていた。
そうだったな。カトレアって引っ込み思案で話すのも苦手だから、ずっと俺の後ろを付いて回ってたんだよな。
『お荷物なんだよ。どんなに戦術がうまくても、キールは所詮無能力者』
――嘘つくの上手くなったな、俺。
周りがカトレアの噂で騒ぎになっている内に、いそいそとその場を後にした。
逃げるように人目を避けているうちに、いつの間にか家の前までついていた。思った以上に時間が掛からなかったな。
さっきまで思い出を掘り起こしながら歩いていたのに、もう何も考えられなくなってしまった。
もう少しで到着する、という所でバハムートは尋ねた。
「言わなくてよかったのか? 本当のことを」
「ああ、あの人たちは悪くない。無駄に傷口を広げるような真似はしたくない」
「いずれ知られることだと思うが?」
「その時はその時さ。
はは、から元気へたくそだな俺。バハムートはずっと心配そうにこっちを見るし。
少し苦しくなった俺は苦笑いでごまかしてドアノブに手をかける。
「待て」
バハムートがそっと俺の右手に触れた。
「先に言っておくが、ワシは何よりもゴシュジンの方が大事だ。だから、ゴシュジンが潰れる位ならあの女や他の人間に潰れてもらう。ゴシュジンが倒れて悲しむ者がいることを忘れるな」
真剣な顔に面食らってしまう。相変わらず物騒な例えだが、同時に何か満たされるものを感じた。
「……わかった、気を付ける。」
「何たってゴシュジンは、ワシのゴシュジンなんだからな。勝手な安売りはゴメンなのだよ」
ふふんと自慢げに笑う竜。
コイツ知らないんだろうなあ、自分の知らない間に何回も俺を救ってくれていること。
でも、こんなのほほんとした顔されたら自分だけ振り回されてるのが恥ずかしく感じる。
ありがとう。お前に心配かけないよう頑張るよ。
その時だった。 耳元から声が聞こえたのは
「ねぇ、ちょっとどいてくれる。そこあたしの家なんだけど」
振り向くと、そこには不機嫌そうに仁王立ちした女性がいた。相変わらずブロンドの髪を肩まで伸ばしている。
だが、記憶にあったころよりも凛々しさと女性らしさを備えていて、幼さが殆ど抜けきったような、どこか大人びたような。ちょっぴり寂しさを感じた。
でも相変わらず我が強いのは変わってなさそうだ。キリっとした目つきが俺に教えてくれる。
頭の中が空っぽになって、胸の中は逆にいっぱいで喉が一瞬でカラカラになった。
実の兄妹に変な緊張を覚えてしまっている。
やばい、頭真っ白になった。どうしよう。
そんなあたふたした俺を一瞬だけ怪訝そうに見た後、俺の顔をなめ回すように覗いて来た。
そして、持っていた荷物をどさりと落とした後、目じりに涙をめいっぱいためて俺のことを抱きしめてくれた。
「おかえり。お兄ちゃん!!」
「ただいま、ニア」
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