第20話 夜空に現れたヒーロー

 不思議な夢だった。

 俺はあの時竜に喰われて死んだはずだった。しかし、夢の中の俺はその竜の背に乗って空を飛んでいた。


 『しっかり、つかまるのだぞ!!』


 全速力で滑空する竜に必死でしがみ付く。油断すればすぐにでも吹き飛ばされそうな所をギリギリで耐える俺。

 何というファンタジーな夢なんだ。死ぬ間際に見れたものにしては少し夢見心地が強い。が、その光景はすぐに水が滲んだように崩れていき――


 暗転。

 今度現れたのは見上げても天井が見えないほどの巨大な城だった。その入口へと魔族が連れて行ってくれた。


『ワレこそが、まおうヴェルズである!!』


 子供に見えてもおかしくない背丈の少年は自信満々に俺の前へ現れた。頭には王冠を付けていて口元にはうっすらとキバが見える。

 俺、魔王城についたのか? しかし隣にはアランはいない。そこで思い出す。

 そうだ、俺はアラン達に棄てられたんだ。そして魔王城へ到達する最後の関門で、竜の生け贄にされたんだ。


 ニアは元気に生きているだろうか。ニアと平和に暮らしていける世界を願って旅に出たものの、あまりに俺は力不足だった。

 どうか、悲しまないで強く生きてほしい。


 再び暗転。

 俺はシステリア城という城に到着した。警備に引っかからないよう最善の注意を払って、ある場所へ向かう。

 そこで出会ったのは、魔族の成れの果て。我を忘れてお互いが襲いあっていた。とても見ていられない。そんな魔族達を俺は新たに覚えたスキルで浄化し、眠らせていった。


 どうしてこんな夢を見ているんだろうか。この夢での俺はパーティの先陣を切っていた。無能力者である俺が何故か新しいスキルを身に着け、それで戦っていたのである。

 夢にまでこの執着は現れるのか、と自嘲した。死に際にまでこんな夢物語がでるなんて、どれだけアマテラスの中でお荷物の日々がコンプレックスだったかを思い知った。


『お前は一人であれこれ考えすぎだ』


『せっかく俺達ソウとジュラという魔王軍屈指の近衛兵がいるんだ。存分に使え』


 かつてこんな事を口にしてくれた仲間はいただろうか。確かアラン達も最初はそんなこと言ってくれてたっけ。でも、スキルを覚えて明確に差が出始めた時には俺への視線は冷たいものに変わっていた。それにしてもどうして、人間でなく魔族と思われる人たちが俺のことを気にかけてくれているんだろう。夢みたいな光景だったが気になって来た。


 暗転。

 俺は、なぜかバカデカい剣と対峙していた。

 持っているスキルをふんだんに使ってぶつかり合う。明らかに劣勢で、いつやられてもおかしくなかった。そんな時、竜は言った。


『バカを言ってるのは貴様だ!! どうして仲間を頼らん、ひとりで出来ないなら出来ないと言え。から元気を見せられてもその後ろで守られている者は苦しくなるだけというのが何故わからんか。そんな思いをする位ならワシはどうなろうが共に立つ!』


 竜は俺を助けてくれた。

 どうしてだ? 人には指を差されて笑われてきたというのに、なぜか人が目の敵にして来た魔族達は俺の味方になってくれるんだ?


 どうして、このタイミングでこんな夢を見たんだ?

 もっと早くこの人たちに会えていれば……


 自然と涙がこぼれてくる。後悔はしないように生きてきたつもりだったが、やり残したことが多すぎた。

 もっと、外の世界を歩きたかった。誰かに蔑まれることなく生きてみたかった。


 仲間の役に立ちたかった。


「どうしてこんな夢を見てしまったんだ……」



「夢じゃないぞ?」


「え?」


 視界には星空が映っていた。天井はえぐれたような開き方をしており、空の上を流れ星が無数に飛びかっている。


「ワシ達は勝った」


 夢に出た竜が満面の笑みで手を差し伸ばしてくれる。それを手に取り、辺りを見回す。

 そこにはまおうサマ、ソウさん、ジュラさんが大変嬉しそうにこちらへ駆け寄ってくる姿があった。


「死んだかと思った!!」


「こんな所で終わると思ってなかった。ずっと信じてたぞ」


「右に同じ。と言いたいが、口に出して言わせてほしい。よくやった」


 労いの言葉をかけてくれる。

 そうして俺は完全に覚醒した。夢じゃなかったんだ……


「俺達、やったのか……」


「ああ!! ゴシュジンは『神の怒り』を打ち破ったんだ!!」


 バハムートが泣きながら俺のことを抱きしめてくれた。おざなりながらも、俺も彼女へと抱擁を交わす。これが夢じゃない事をようやく実感する。


「よかった、本当によかった」


 俺達は勝った。システリア城は壊滅、『神の怒り』も消滅。黒幕の狙いだった、俺だけを生かして残りの証拠を全て消す作戦も完全に阻止。

 残されたヴァルヘイムは呆けた顔で空を眺めるだけ。


「終わったのか……」


「ああ、アンタが何を狙っていたのか知らないが、親玉の攻撃は完全に阻止した。もう逃れられないぞ?」


 そう告げるとヴァルヘイムの頬に一筋の光が伝った。それは次第に決壊したダムのようにボロボロとあふれ、涙となって流れ出る。


「ありがとうっ…… ありがとうっ……!!」


 子供のようにわんわんと泣き出すヴァルヘイム。いや、泣かれるとか意味わかんないって。大人のギャン泣きにドン引いていると、突然どこからか歓声のようなものが聞こえ始めた。


「あっ」

 

 システリア城はむき出し。

 自分の街をぶち壊す位に空を覆い尽くす程の巨大な剣。

 そんな未曽有の危機を救ったぼくたち。


 冷静になって考えれば野次馬だろうがなんだろうが、さっきまでの一部始終を見ていればここに集まらない訳がない。

 しかし、全てを使い果たした俺達に冷静さなんて残されているわけもなく。


「貴方様が勇者様なのですね!?」


 修道服を着たおじさんが涙ながらに駆け寄ってきた。

 突然の出来事にフリーズ、脳みそが動かなくなった俺をよそに、外で待ち構えていた住民も雪崩みたいに突撃。


「勇者様、あの大剣を破壊していただきありがとうございます!!」


「勇者様、それとお供の皆さま。命がけの奮闘大変お疲れさまでした。私はこの場に立てたこと、一生忘れません!!」


「お供の皆さま、ありがとうございます!!」


「なっ!?」

 

 まおうサマがしょぼくれてしまった。ぶつくさと「ワ、ワレがお供……」とグチグチしている。本来ならまおうサマの方が圧倒的に偉いわけだけど、擬態している状態でそんなこと言ってしまえばパニックになることは明白。結果、そうだねー、そうですーとかうわごとのようにつぶやくお人形さんになってしまった。


 ってかそれにしても人多すぎないか!? どれだけ見渡しても人、人、人……どこまで集まれば気が済むんだ。

 さっきから人が増え続けてだだっぴろい部屋がかなり窮屈に感じる。人垣を超えようにも津波みたいなもんなんで奥行がアホみたいに続いている。よって、乗り越えることは不可能。


「な、なあ」


「なんだ、ゴシュジン?」


「これ、抜け出すこと出来ない?」


「簡単、雑魚共なぞ楽に吹き飛ばしてくれようぞ」


 いや、そこまでしてくれなくてもいいから。過激派の子分をどーどー抑えながらどうするか考える。

 よし決めた。


「ずらかろう!!」


 お互いが同じことを思っていたのか、全く同じ言葉を発していた。吹き出しそうになりながら竜の姿になったバハムートの背に乗り、空へ逃げる準備をする。


「ゆ、勇者様。いったいどこへ?」


「俺達は勇者じゃないんで!! ただの小市民なんで!!」


「そんな訳が、ってあぁ勇者様!! お待ちくだされえ~~~!!」


 竜が翼を広げるともの凄い突風が吹いて、英雄の間にいた街の皆さんがあれよあれよと吹き飛ばされていった。

 ……死んでないよね?

 

 空を見上げて悲鳴を上げる人たちと俺のささやかな心配を置き去りにして、バハムートは空高く飛び立った。


『何が小市民だ。ワレは魔王ぞ』


「俺達も近衛兵、しかも階級持ちですよ、魔王様」


『ワシは竜。それ以上でもそれ以下でもない』


「何でそこでカッコつけるんだよ」


『すまぬ、ついやりたくなってしまった』


「ま、俺は小市民だけどな。それ以上でもそれ以下でもない」


『わ、笑わせるでないゴシュジン。バランスが……』


「く、くふふふふふ」


『ふふ、ぐふふふふふ』


 何故だろう、不思議と笑えてくる。さっきまで命がけだったのに今では気が抜けすぎて些細なことで笑いがこみあげてくる。それはバハムートやまおうサマ達も同じだったようでクツクツと笑い始めた。そして、



「「「「あはははははははははははははは!!」」」」



 遥か上空、人間など誰も住み着かない空の上に人知れず笑い声が響き渡る。

 そこで笑うキールは、旅で見せることのなかった喜びに満ちた姿をしていた。



第一章 『プロローグ』……完

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