第19話 ワシ達は仲間だ。そうだろ、ゴシュジン?

 伸ばした右手がついに『神の怒り』と接触。


 みしみし、と生々しい音がしたかと思えば、腕一帯から噴水のように血が噴き出す。触れただけでこのザマだった。


 確かに全てを喰らう者ブラック・ホールで勢いを殺しているはずだ。なのにこの破壊力、嘘だと言ってほしかった。


「ぎっ、ガァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 この技は接触した物を全て吸収し、自身の体に変換する。対象は物体から光迄という最強必殺技。圧力も対象に含むので間違いなく全てを喰らう者ブラック・ホールは活きているはずだが、全く威力は落ちず、力負け状態が続いている。


 さっき威勢よく飛んで稼いだ高さも、接触してわずか数秒で使い切ってしまった。あまりの破壊的な威力に涙が出る。


 早く終わって欲しい。

 こんな場所捨てて、早く逃げたい。


 弱腰な考えがよぎりながら、喚きまくって無理矢理それをかき消していく。自分勝手なエゴでここに立っている以上、逃げる訳にはいかないんだよ。最後まで責任を果たせ。


 只、目の前の衝撃を殺すことだけを考え、それに呼応するように全てを喰らう者ブラック・ホールはさらに出力を上げる。演算能力が追い付かず意識が朦朧もうろうとする中、ひとすじの光が現れる。『神の怒り』の前進がほんの少し弱まった。


 よし、この調子で……

 

『Ah―――――――――――――――――U―――――――――――――――――――Ah―――』

 

 合唱のような声が聞こえた。これは……唄?


 瞬間、『神の怒り』の圧力が急激に増した。重力の全てが潰しに来たような、どうしようもない万力がのしかかる。

 一瞬で潰されそうになる中、どうにか両足をじ込み体で受け止める。

 押し戻そうと地面を蹴り上げるが勢いは増す一方。むしろ足が床に埋もれていく始末。


 負けてたまるか。負けてたまるか。

 もう一度全エネルギーを手足に集中しようとした――その時。


 ばつん。と何かが切れた音がした。


「あ〝っ!?」


 右脚に激痛がはしる。筋肉がブチ切れた音だ。体が悲鳴を上げているんだ。もう限界なんだって訴えているんだ。

 もう少しだ。もう少しだけ耐えてくれ、俺。ここで引いたら終わりなんだ。このバカみたいにデカい剣をぶっ壊して皆で帰るんだよッ。


 足の感覚が薄れ始めた。

 体中血が噴き出して、左腕の関節もずれてしまっている。気持ちではどうにもならなくなってきた。

 全てを喰らう者ブラック・ホールも悲鳴をあげて『神の怒り』を取り込もうとするが、その圧力は依然変わらず全部を吸収できていない。


 絶対ここには落とさせない。

 そう思ったところで出力は既に最大。体は限界。相変わらず潰しに来る大剣。次々と脳裏によぎる諦めの二文字。


 折れるな、折れるな、折れるな。

 呪詛のように頭で唱え続ける。何も変わらなくても狂ったように叫び続ける。


 全く変わらない。

 まだ威力があがっている。このままでは……


「ゴシュジン!!」


 声に注意を向けるとあのバカ竜がやってきていた。何でいるんだよこんなトコに!?


「何でここに来た!?」


「ワシも戦う。ゴシュジンにばっかり苦労は掛けたくない」


「バカいうな、さっさとにげろオッ!」


 気絶すら許してくれない痛みのせいで、満足に受け答え出来てるかもわからない。

 もう何でもいいからどっかに逃げて欲しかった。


 竜の声を聞くまでは。


「バカを言ってるのは貴様だ!! どうして仲間を頼らん、ひとりで出来ないなら出来ないと言え。から元気を見せられてもその後ろで守られている者は苦しくなるだけというのが何故わからんか。そんな思いをする位ならワシはどうなろうが共に立つ!」


 バハムートは竜へ変身し、大剣『神の怒り』の真横へ周り、がっしりと捕まえた。


竜の咆哮ドラゴン・ロア!』


 生み出した巨大な衝撃波が、何重にも大剣へと直撃――傷一つつかない。それでも諦めず、自身の腕力、脚力で無理矢理にでも持ち上げようとした。『神の怒り』は微塵も動かない。

 それでもバハムートは一心不乱に持ち上げようとし続ける。もう逃げないという強い意志がそこにはあった。


 その覚悟に心を動かされたのは俺だけではなかった。


「三位一体……黒焔、青龍偃月刀せいりゅうえんげつとう!」


 巨大な黒焔が束になって表れたかと思えば、二人の近衛兵が生み出した雷や風と混ざり合い、1つの巨大な槍へ変化。

 何千、何万もの量で生成されると空気を切り裂くように射出。槍の弾幕が『神の怒り』を下から上へ押し上げようとする。


「ワレらは仲間だ。キサマひとりに押し付けるはずがなかろう。」


「魔王様!?」


「先ほどは済まなかった、ワレが未熟だった。魔王の名に懸けてもう取り乱したりしない」


「俺らだって死にたくはない。しかし、それよりも友の横で共に立てない事がはるかに苦しい」


「右に同じ」


 まだ、俺はこの人たちとなら仲間になれるのかもしれないって思ってた。


 違ったんだ。

 既に認められていたんだ、俺は。


 また思い知らされる。一人でかかえようとしていたこと。

 力を手に入れても中身は裏切られた時から全く成長していなかった。


 結局、俺はあの日から弱いまま。もう認めるしかないな。

 ……でも、昔と違うことが1つだけある。


 もう、ひとりじゃない。


「ありがとう」


 小さく礼を言った。

 魔王様は子供っぽくしたり顔で笑った。ソウさんとジュラさんも親指を突き立てこちらにグーサインを出してくれた。バハムートも心なしかテンションが上がっているように感じる。


 こんな絶望的な状況なのに、不思議と俺は心から安心していた。

 さっきの闇で先が見えないような絶望的な精神状態から、嘘のように頭の中がクリアになっていく。それと同時に不思議な感覚に襲われる。


 何だこれ、体が宙に浮いたような。それでいて周りの状況、皆の考えていることが全てわかるような。

 今ならできる気がする。違う、今しかないんだ。


 助けを求めるのは。


「皆、力を貸してくれ。一緒にあのふざけた大剣を倒そう」


 任せろ!


 壊れかけの全てを喰らう者ブラック・ホールを元に戻し、また1つある『力』を加えていく。

 それは皆の模倣となり、敵の模倣となる。


 最強の矛と最強の矛、果たしてどちらが強いのか?

 簡単だ、強さは同じなのだから相打ち。


 じゃあ最強の矛と矛がぶつかり、もう片方に何かが加わればどうなる?

 簡単だ。加わった方が強いのだから、片方は破れる。


 じゃないか、皆の力を。

 全てを喰らう者ブラック・ホールの一部を別の『毒』へ変異。急速に培養し、白い円陣となって顕現させる。


 現れろ、もう1つの最終形。


全てを生み出す者ホワイト・ホール


 円陣から黒焔、衝撃波が無数に放出。攻撃の嵐は着実に神の一振りを飲み込んでいく。


 このまま押し切るかって? まだ終わらねえよ。


 仕舞に、今もなお殺しにかかる暴威――『神の怒り』の複製が完了。もう一つの一振りがゆっくり、ゆっくりと表へとのし上がる。


 圧力がじわりじわりと薄れる。『神の怒り』が弱まっていく。


 見てろ、そこで偉そうに眺めるクソ野郎。

 いくらお前が|拒んでも、俺らの意地は終わらねえんだよッ。


 皆の声を1つに。



「いっけええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」



 互いを潰すように剣と剣が鍔迫り合い、白い円陣から仲間達の技が援護射撃。それにより、長く続いた拮抗状態を経て、ついに敵側の『神の怒り』が圧され始めた。


 終われ。終わってくれ!

 喉がちぎれる位ひたすら叫んだ。体にムチを打ちまくって、死ぬ気で押し上げた。散々恨んだ神に祈った。


 そして、ようやくだ。ようやく大剣の剣先に一筋の亀裂が浮かぶ。ついに、ついに来たぞ。


 陶器が割れたような鈍い爆音の連鎖、大剣に現れた小さなヒビは、経過と共に蜘蛛の巣のように広がっていく。


 そして――


 英雄の間に、金属の破裂音がこだました。

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