第17話 始まりへのカウントダウン

 この狂い切った戦乱の世をどうにかしたくてここまで来た。

 皆だって同じはずだ。人間をどう思っていようが、この争いばかりの時代を早く終わらせたいはずだ。

 そんな悲劇の全ては人間が生み出したもので、人間に問題があると思っていた。

 俺もその一人だった。


「事実なんてこんなものなんだよ。全てが綺麗にまとまるなんてものはフィクションだけ。綺麗なものが叶わないって知ってるからそういうやさしい嘘で慰めをつくるんだ」


 魔王を倒すという大義名分を持ったパーティですら、目的を果たす為に俺という『お荷物』を捨てた。

 綺麗な結果を得るには汚いものは捨てなければならない。そして、それは誰かに見られると不都合になるものばかりだ。


 あっけらかんと他人事のように喋るヴァルヘイム。しかしその口から語る事は中身が詰まりに詰まった真実。俺が一番それを知っている。

 これもまた、弱肉強食というルールに基づく考えなのだろうか。


「手を汚さずに手に入る幸せなんて幻想だ。こうしてこの世界が消えていないのは誰かが『犠牲』になっているからだ」


「それは貴様とは関係ないだろう。数々の同胞を殺めることとどうつながるというんだ」


「君も鈍いね。魔王と名乗るくらいなら少しは自分の頭で考えなくちゃ」


 まおうサマが身を乗り出し襲い掛かろうとしたが、ソウさん達が止めてくれた。

 さっきからファインプレーばかりで、本当に助かります。まおうサマは酷だがもう少し落ち着いてくれ。話が進まない。


「まおうサマ、聞いてください。今この世界では人間が魔族にちょっかいをかける縮図があります。度重なる嫌がらせに魔族は苛立ちを覚えつつ、各地で人間の急襲を撃退している状況です。そこに共通の敵が生まれ、これを撃退しようと動いている。そこにはある種の統率がある。でも、それが無くなるとどうなります?」


「……わかっている、わかっているが!!」


「魔族だけが悪いわけでもない。だけど、人間だけが悪いわけでもない。問題なのは抑止力が『敵』によって生まれていることです」


 要所要所で必ず誰かが引き金になっている。そして、それを防ぐには現状『統率』しかない。

 だから誰が悪いとかではなく、結局のところ共通の敵を作って抑止力を生み出しているこのシステムに問題がある。


 ヴァルヘイムの話を鵜呑みにしすぎって?

 バカ言え、人間なんて魔族が本気で暴れれば殆どが瞬殺される。それができないのは周期的に現れる人間のパーティの相手をしないといけないからだ。もし、そいつらを無視したら何されるかわかったもんじゃない。

 だから決してヴァルヘイムを鵜呑みにしているわけじゃない、それが成り立つ場面が多すぎるんだ。


 そして、もう一つの問題。『敵』と『犠牲』のつながりだ。

 何が影響なのか知らないが、ヴァルヘイムは自分の置かれている状況を犠牲と言っている。

 それはこいつの言う『奴』という存在の正体に繋がってくるのか?


 ヴァルヘイムは空を見上げている。が、どこか様子がおかしい。

 ぼうっとしばらく空を眺めた後こちらへ向いた。


 ひどく厭味ったらしい笑みを向けて


「ついに来た」


 クツクツと含みのある笑みは少しずつ勢いを増し、次第に耳に突き刺さる程の激しさになっていく。

 周りが異常者のように見てもそんなことも眼中にないのか、ヴァルヘイムは高らかにわらい続けた。

 そして勝利を宣言する。


「これでやっと、全てが終わる。『ヤツ』は僕を不要だと判断した!!」


「……何を言ってるんだ?」


「『神』はいつも気まぐれだからね」


「おい、待て。まだ俺達の話は終わっちゃ……」


 辺りが揺れ始めた。始めは小さな揺れだったが、次第に足元がおぼつかないほどにまで大きくなった。まるで視界が揺れているかと思う程に強烈だ。

 何なんだこの強さは!?


「あ、あれ……」


 バハムートの声につられて真上を見る。すると、先ほどまで密閉されていた天井が完全に開ききっていた。真っ暗な空に光る星がいくつも見える。だが、問題はそこじゃない。

 隕石かと見間違える程の巨大な剣。それが遥か上空から少しずつ露わになり始めたのだ。

 剣は少しずつ加速を加えていき、こちらへと直進する。

 バカデカい質量に耐えられないのか、空には目に見える程巨大な乱気流、地上からは空高く伸びる竜巻たちが現れ始めた。


 心臓が凍る。

 そんなあり得ない現象が言葉となって浮かび上がるほど圧倒的なシーンだった。


 その時。


「なっ!?」


 俺だけ障壁が張られた。残りの面子は無防備だが、こちらから干渉することもできない。

 絶対に俺だけは生かすってことか?

 このまま『ヴァルヘイム』に仕立て上げるつもりなんだろう。冗談じゃない。


「それは『神の怒り』。不要なものを完膚なきまでに抹殺する為の一振り」


 自分が死ぬっていうのにその姿は、歓喜で震えている。

 生き残りそうな俺と、死ぬであろうヴァルヘイムの反応は実に表裏一体だった。


「ゴシュジン……さすがのワシでもわかる。これはもうダメだ」


「何言ってんだ!! いつも見たいに飛んで逃げろ!!」


「できぬ!! あれ程の大きさ、落ちてしまったら逃げ場などない。辺り一帯を完全に更地にするつもりだ……」


「まおうサマ、何とか逃げることできませんか!?」


「いや、あれは……ワレでもどうすることができん。理を超えた力には成すすべがない」


 先ほどの激昂はどこへやら完全に戦意を喪失していた。残りの二人も茫然としている。

 ちくしょう、なんでだよ。折角手を取り合えるかもしれないってのに、また誰かのせいでチャンスが消されるのか?


「冗談じゃない!! 終わってたまるか。俺達約束しただろ生きて帰ってくるって!!」


「しかし、あんなものどうすることも……」


「諦めないでくれよ!! やっと俺に光が当たったんだ!! どうしようもない俺にやっと可能性が芽生えたんだ。勝手に終わらせないでくれよ!!」


 ずっと誰かの後ろを歩いていた。

 やっと共に歩けると思ったころには、差が開いていていつの間にか役立たずになっていた。そして棄てられた。

 そんな終わってる俺の人生にさ、やっと仲間になってくれそうな奴らが現れたんだ。

 バカ丸出しの俺を信じて、死地にまでやってきてくれた奴らが現れたんだ。


 そんな常識外れにいい人達を手放してたまるか。

 終わってたまるか。

 こんなところで終わってたまるか。

 


「理外を超えたものにはで挑むしかないだろ!!」

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