第16話 ようこそ、こちら側へ

夢幻技術オリジナル・スキル――ここまでとはね。恐れ入ったよ」


「それはどうも」


 ゆっくりと立ち上がったヴァルヘイムは力なく笑う。


「何をやっている、キールッ。さっさと止めをさすのだ!!」


 まおうサマが物凄い剣幕で詰め寄ってくる。

 無理もない。同胞をあんな無下にされて何もしないとか、どこの聖人君子か冷血漢だよって思う。俺だってもし妹が実験道具にされていたらひどい醜態をさらすに決まってる。


 それでも、この数少ないチャンスを簡単に見限ってはいけない。何も聞かず倒してしまうと、ここで起きていることの手がかりがゼロになってしまうからだ。

 本当に苦しいと思うけど、耐えてくれまおうサマ。


「今ここで魔王様がヴァルヘイムを討てば、情報が完全にシャットアウトされます。それはできません」


「し、しかし!!」


「魔王様、ここに来た理由を思い出してください。俺達は何の為に此処へ来ましたか?」


 我に返ったのか、か細い声で「済まない」と言い引き下がってくれた。唇をかみちぎるほど堪えている。

 どうにか、どうにか遺恨を鞘に納めてくれたんだ。この世から争いを無くす為に。


「そういう訳で俺達にも事情があるんでね。持っている情報は洗いざらい吐いてもらう」


「構わないよ、僕は敗者だしね。それに抵抗したところでまたやられるだけだし」


「わかってるじゃないか。なら、早速本題だ。システリア城が欲しがっているものは『象徴』と言ってたな。これはどういう意味だ?」


 知識の源泉と名高いシステリア、そのど真ん中では魔族の技術が用いられていた。

 俺ら人間に魔族を憎むような洗脳をかけておいて、どうして魔族にもこんな酷いことをしたのか。


 ヴァルヘイムはわざとらしく考えるような素振りを見せた。


「うーん、そうだね。じゃあ、君たちに質問。どうして人間と魔族は争うようになったと思う?」


 どうして? それは人間と魔族を争わせて利益を得る奴がいるからだろう。

 『教育機関』っていう巨大な囮で敵を煽って……しかし、それで得られる利益って何なんだ。全く見当もつかない。


「ゴシュジン、ワシらも人間共と長く争ってきたが、正直に言うとワシら竜族、魔族から仕掛けた所を見たことがない。勿論身内の弔い合戦といったものはあろうが、私利私欲にまみれたものは一切なかったぞ」


「どうしてそう言い切れるんだ?」


「人間が70年で死ぬとすれば、ワシらは軽く1000年を生きる。長く生きていると短命で己より劣る他種族に興味は消えるし、いかに自分が心地よく生きるかを重要視する。自分より寿命が短く、かついつでも殺せる存在を気に掛ける理由はない。放っておけば死ぬんだから」


 ソウさんとジュラさんも同意見のようだった。


 自分より弱い存在には興味も向かない。必要な時に襲い、必要な時に喰う。弱肉強食というこの世界のルール。

 皮肉にもそれが相手からの反撃を最小限に抑えていた。


 しかし、その筆頭であるまおうサマが看過出来ない位、人間は攻撃を仕掛けて来た。

 洗脳は弱肉強食という垣根を越えてしまったんだ。


「人間は脆弱なくせに中途半端に力をつけ、頭を使って寝込みを襲ってくる。鬱陶うっとうしくてたまらなくてな。いつしかワシはそれが心底嫌いになってたなぁ」


 人間は魔族が侵略して滅ぼされたという歴史から恨みを募らせた。それは今も徒党を組み魔王の首を狙う日々と繋がっている。

 それは普通のやり方じゃ魔族には一生勝てないことをわかっているからだ。



 ……ちょっとまて、それをなんで魔族であるコイツが操っているんだ。


 一方的な利益をもたらしたいのなら片方に有利な情報だけを広めればいい。それをせず、同族殺しやお互いの不利益を作ってまで争いを続けている。

 それで生まれるのは既得権益を得ているであろう『黒幕』。つまりは――


「『敵』」


「ご名答、象徴というのはズバリ『敵』のことさ。魔族だけじゃない、人間だけじゃない。この世のありとあらゆる種族にとっての敵。その敵がいることで平民は奮起するし、雑兵は統率を得て一つの軍隊となる」


 おいおいおいおい、どれだけトチ狂った奴がこんなことを思いつくんだ。

 いよいよイカレた思想がハッキリした。俺達をおびき出したのも、魔族達を実験動物にしていたのも、人間が魔族に争いを仕掛けるように洗脳したのも全ては共通の『敵』を作る為。

 その敵を皆が知ることで、散り散りになった視線は一つになる。そして争いは無くなり、生まれるのは一種の拮抗状態。


「そこで生まれた歪な拮抗状態のことを、人々は『平和』と呼んだ」


「冗談じゃねえ、こんなむごたらしい平和があってたまるか。何人死んだと思ってんだ。何の罪もない人々が!! 明日を生きようとした人たちがッ!!」


「そうでもしないと『平和』は作れない。この世の絶対的ルールの元に生まれた以上、絶対的に僕たちがわかりあえることはない」


 全ての点と点が繋がった。

 この場所が何故『英雄の間』と呼ばれているのか。

 それは、この世界で暗躍する共通の敵を倒すために命を賭して倒した者を英雄と呼ぶからだ。

 そして、英雄に敗れた『敵』は役目を終えて、闇に葬り去られる。


 でも、『英雄の間』の本当の役割はそれだけじゃない。

 ヒーローだけだと世界に平和は訪れない。奴の方程式通りに考えると、平和を実現するにはまた新しい拮抗状態を作らないといけない。

 その為に必要なものは――



「敵を倒した英雄、つまり新たなる『敵』だよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る