第14話 英雄の間(パペット・プレイパーク)

 一人の男が立っていた。


 傷だらけの鎧を身にまとい、背中には自分の背丈程の大剣をたずさえている。

 手に持つ兜には離れた距離からでも見える程の傷がついていて、それだけで数々の戦場を超えて来たんだと推測できる。

 

 男は特徴的な容姿だった。腰まで伸びた真っ白な髪に、額からはみ出す二本の角。露出した肌は全て灰色に統一されている。

 そう、男は魔族だった。


 無表情でただぼうっと虚空を眺める姿には、威圧感もなければ存在感もない。

 ただそこで立っているだけの何か。としか思えない程、背景と同化していた。


 中も実に殺風景だった。

 石畳の屋根、壁、床で構成されていて、何十メートル単位の広さだというのに目につくような変化が一切ない。

 『英雄の間』という名前が皮肉に思える程、質素な空間だった。


 男はゆっくりと俺達へと振り向く。


「よく、ここまで来たね」


 声に覇気がなく、トーンも一定。

 通る声をしているはずなのに、油断するとすぐにでも忘れてしまいそうな奇妙な声。

 まるで感情を全て殺したかのような、そんな声だった。


「あんたがこの城の主か?」


 俺の問いに男はクスリと笑うと、この城に主はいないと答えた。

 どういう事だ?


「簡単な話さ。この城は王をんだよ」


「王を求めていない?」


「そう、この城に王なんて必要ない。必要なのは『象徴』」


 象徴という言葉で全ての違和感が紐づいた。いよいよ事態は考えうる限りの最悪になった。

 買えば手に入る地図、調整された手薄な警備、むごたらしい実験施設、図書室で見つけた本の題名。


 それは全て俺に出会うため。

 自分の前に立てる存在と出会うために、奴は執念深く待っていたんだ。


 しかし、ここまで来てまだ目的だけがわからない。

 この男は一体何を求めている? 明らかに魔族だが、何故同族に対してこんなにも酷い仕打ちをした?

 魔族は仲間意識が強い印象だし、まおうサマもそう言っていた筈。

 

 思い当たる節もなく、ヒントになるものが出てこない。

 そんな俺をよそに、信じられないといった様子でまおうサマは男に詰め寄った。


「ワレは第三代魔王ヴェルズ=ベルベモット。二代目魔王ヴェルズ=ドゥームの息子に当たります」


「ドゥームのせがれかい。ドゥームーー懐かしい名前だな。彼は元気にしているかな?」


「父は先の大戦でこの世を経ちました」


「……そうか。それはとても残念だ」


「それよりも貴方に問いたい。あの惨状は何です!? 多くの同族が惨い死を遂げている中、何故貴方はこの愚行に加担しているのですか!! 一番近くにいた貴方は彼らの死に様を見て何も思わなかったのですか、初代魔王ヴェルズ=ヴァルヘイム!!」


 ……コイツも魔王。

 つまり魔王が同族殺しをしてきたってのか。いよいよどうなってんだ、この世界は。

 全て誰かの手の上で転がされているんじゃないか。そう思いたくなるくらいに、この世界には大きな陰謀が渦巻いている。

 

 それに応えを示すように、ヴァルヘイム魔王だった者は何の迷いもなく、こう答えた。


「何も思わなかったよ。これが僕の答えだ」


「貴様ァ!! 仮にも一族の主だったのであろう。それを支えた忠臣をゴミのように扱うとは何事か!! 魔王の名において必ず貴様を葬り去ってくれようぞ!!」


 怒りに呑まれたまおうサマが、ヴァルヘイムへと手をかざした。

 そこから視界一体を覆う程の弾幕を紫焔で作り上げ、ヴァルヘイム目掛けて放射。これだけの量があれば、流石に逃げられないはず……


「なかなかいい焔だね」

 

 なのに、ヴァルヘイムは紫焔を前にしても涼しい顔をしていた。

 自分に触れる寸での所で、ヴァルヘイムがパチンと指を鳴らす。


「な、なんだよ。これ……」

 

 ヴァルヘイムの正面からまおうサマと似た淡い紫色の焔が発現。

 一瞬で自身を覆いつくし、まおうサマの紫焔と接触。焔は紫焔と衝突して簡単に相殺。

 空気が蒸発したのか、真っ白な煙が生まれ、そこからゆっくりとヴァルヘイムの姿が露わになる。


 無傷。先代魔王には傷一つ付けられていなかった。


「やれやれ、最近の子は血気盛んなのかな?」


 そうつぶやくと、ヴァルヘイムの眼に生気が宿った気がした。

 奴の浮かべる薄い笑顔は、誰がどう見てもこの極限状態を楽しんでいる顔だった。


 そして、一番俺達が警戒しないといけないこと。

 ――ヴァルヘイムも『紫焔』を使える。


「僕も戦いは好きだからね。せっかくだから、ここで腕試しさせてもらおうかな」


 ヴァルヘイムは両手を天高くかざすと、頭上に巨大な魔法陣を作り出した。


烈なる炎インディペンデンス・イグニスタ


 魔法陣から奴の紫焔が津波のように俺達へとなだれ込む。

 ――あれはヤバい。触れただけで終わる。


「皆、俺の近くに!! 反物質形状記憶球壁ゴースト・ドーム!!」


 バハムート達がギリギリ入れる程のドームで応戦。反物質を用意していたとはいえ、急造で作り上げたせいか頭は一瞬でオーバーヒート。

 出来が悪いながらも防御は出来ている。ただ、ヒビがチラホラ現れて、いつ壊されてもおかしくない状態。


 補強する為にもう一度反物質を生み出そうとすると、突然立ち眩みが襲い掛かる。

 成すすべもなくその場に倒れてしまい、それに気づいたバハムートが慌てて駆け寄って来た。

 

「大丈夫か!? ゴシュジン」


「ああ、問題ない。すぐ立てる」

 

 フラフラした体を持ち上げ、もう一度ヴァルヘイムに集中する。

 攻撃は確かに防げたというのに、この状況、全く嬉しくない。

 敵さんが俺のスキルをとても楽しそうに観察しているからだ。


 そして、嫌な予感というのはこういう時に限って続く。

 

「ようやく会えた、夢幻技術オリジナル・スキル!!」


 敵は、夢幻技術オリジナル・スキルを知っていた。

 喉元をわし掴みされたような気分だった。何故知ってる?

 まさか、こいつもそうだってのか?


夢幻技術オリジナル・スキルを知っている者は多数存在するわ』


「俺と同じ可能性は?!」


『その可能性はゼロ。夢幻技術オリジナル・スキルなら同じ夢幻技術オリジナル・スキル持ちにはわかってしまうもの。貴方がそれを感じていないという事は、この男は夢幻技術オリジナル・スキルを持っていない』


 じゃ、じゃあ蛇の叡智アクレピオスで十分戦えるのか?


『でも、もう一つの可能性はある』


 もう一つの可能性?

 何だよもう。いちいちもったいぶらず教えてくれ。のんびりしてる暇はないんだぞ。


『落ち着きなさい。もう一つの可能性は、『夢幻技術オリジナル・スキル持ち』がこの男に情報提供しているという可能性』


「親玉がいるってことか?」


『そうね。おそらくこの男はその夢幻技術オリジナル・スキル持ちの支配下にある』


 ……やめてくれよ。いよいよ泣きたくなってきたぞ。

 信じたくない事実の応酬に、いい加減心が折れそうになっていると、バハムートが物凄い剣幕で俺に詰め寄って来ていた。

 

「ゴシュジン、こんな時に呆けるな。ワシらも攻撃に参加するぞッ!!」


「す、すまん。今やる!!」


 戦場に意識を戻すと、ドームの中でソウさん達がヴァルへイムが入ってこないよう踏ん張ってくれていた。

 予想以上に善戦しているのか、簡単に追い出されない俺達に苛立ちを全面に出し始め、焦点はソウさん達に移る。

 それでも歴戦の勇士である皆さんは、ヴァルヘイムの猛攻をどうにかさばききってくれた。


 ありがとう。もう動ける!!


「今だ、バハムート!!」


「任せよ、竜の衝撃ドラゴン・スパイクァ!!」


 バハムートの腕が竜の時と同サイズに変化し、その巨大な手で地面を叩きつけた。

 かすかな揺れが生まれ、次の瞬間――


「みんな、しっかり踏ん張ってください!!」

 

 視界がゆがむ程の衝撃が足元に広がると、轟音と共に立っていられない程の揺れが城内を襲った。

 バランスを崩しながらも剣を杖に踏ん張ったヴァルヘイムは、揺れが収まるとすぐに体制を立て直して俺らへと切りかかる。

 

 そのわずかな隙のおかげで、こっちも準備が出来た。

 口の中で生み出した煙をヴァルヘイムへと吹き込む。


「目眩し? この程度、僕には――」


「形状変化――気。 融解分子剣メルトダウン・ブレード!!」

 

 煙が敵の体内に入り込むと、急速で煙に含まれた粒子達が結合し、強酸へと姿を変える。内から湧き出した強酸によって体中に小さな風穴がびっしりと生まれた。

 そこから食い破るように外へ漏れ出して、大量の血飛沫と共にばたりと倒れるヴァルヘイム。


 このまま倒れていてくれよ。

 そう思ってはみても、そう簡単に行くなら魔王なんてやってる筈がない。


 身体中から血が噴き出したのに、ヴァルヘイムは気持ち悪い位に高笑いをし始めて、その後何事もなかったかのようにすっと立ち上がり、ピンピンした様子で首をコキリと鳴らした。


 本来ならもう動けない筈の風穴は一分と経たず完治。

 致死量を想定した攻撃も、奴を喜ばせるだけの結果になってしまった。


「空気まで武器にしてしまうのか。とんでもない能力だ、恐れいったよ。でも――」


「――だからこそ、面白いッ!!」


 手に持った兜を捨て、両手自由になったヴァルヘイムは攻撃を再開。

 先ほどよりもギアを上げたのか、勢いと攻撃のスピードが跳ねあがっている。

 急造で作ったドームいよいよが耐えきれなくなり、メンバーも圧され始めていた。


 このまま、体力を気にして戦っていたら誰かが犠牲になるかもしれない。

 ただし蛇の叡智アクレピオスの力は絶大、本気を出せば圧倒できる可能性もある。


 その代わり、確実に脳への負荷は人の限界は超える。俺が無事に済んでいる保証はない。

 

 確実に仕留めるのと、じっくりと倒すこと。

 どちらを天秤にかけるか、俺は試されている。


 まあ、答えは決まってるんだけどな。



「……やるしかないよな」

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