第13話 レッド・カーペット

 隠し部屋はあっけなく見つかった。


 俺があらかじめ探知していた通り、正面右から数えて24番目の本棚で鍵となる本が見つかる。タイトルは『親愛なるあなたへ』。


 ふざけやがって、こんな命を粗末に扱う奴らに愛されてたまるか。

 今すぐ分解して消し炭にしてやりたかったが、そいつを使わないと目的地にたどり着けない。結局俺はぐしゃぐしゃにならないよう、恨みがましく本を強く握ることしかできていない。

 

 そして追い討ちみたく、隣の23番目の本棚、最下段で小さなスペースがわざとらしく隙間を作っているのを発見。ちょうど手に持った本がすっぽり入り切る大きさと来た。

 せっかく下調べして正解を引いたのに、こんなにも嬉しくないのは初めてだった。


「行きますよ」


 本を所定の場所にはめ込むと、巨大な本棚がゆっくりと動き出す。壁のように閉ざされた本棚達の間にわずかな隙間が生まれ、それらは大きな地鳴りを上げて左右にずれていく。

 現れたのは一人用の小さな扉だった。


「バハムート、頼む」


「任せい!!」


 バハムートの嗅覚で扉の奥の様子を調べてもらう。果たして結果は……?


「何も匂わないぞ!!」


「マジ?」


 今度は先ほどとは打って変わって何もないと来た。

 考えたくない事、その一がいよいよ確実になりつつある。とはいえ、先を進む為のパーツはある程度そろった。


 人間界で何故か魔族の技術が使われていること。

 その技術を使って、魔族を実験体に『何か』をつくっていること。

 『教育機関』が魔族の技術を人間に共有していないこと。


 明らかに俺達を誘っていること。


 そう考えるとこれは予測になってしまうが、この先を進むと後戻りができない気がする。

 最後の意思確認という形で試すことにした。果たして彼らはどんな決断をするのか。どんな答えでも彼の意思を尊重する。そう心に留め、皆に尋ねた。


「皆さんも気づいていると思いますが、ここが最後の分水嶺になると思われます。この先を進むと後戻りはできず、地下道を通って最後の目的地である『英雄の間』に付くでしょう。なので、あえて聞きます」


「引き返す方はいますか?」


 彼らを見た。そこに言葉はなかった。

 しかし、答えは一つだった。

 堂々としたたたずまい。一切ブレない視線。先を急がせろという威圧感。

 どんなことがあっても引かないという意思。


「わかりました。では、先に進みます」


 最後にここまで付いてきてくれたことに感謝の意をこめて一礼し、扉を開けた。

 少々角度の大きい階段が目の前に広がる。

 相変わらず敵はおらず、ただただ何十段もの階段がらせん状に連なるばかりだ。

 それを一歩一歩降りていく。


 そうしてたどり着いた先には――


 中は教会をモチーフにしたようなデザインだった。

 廊下の両脇にロウソクが並べられていて、その中心に真っ赤なカーペットが敷かれている。沢山の生き血を吸ったように生き生きとしているせいか、化け物の腹の中に落ちたような感覚に襲われ、悪寒が体中に染み渡っていた。


「うむ。今も嗅いでいるがやはり匂いはない。ここに私達以外の生物は存在しない」


 バハムートがもう一度調べてみたが、やはり敵らしい気配はないらしい。

 そして、こういう時に思いつく嫌な予感というのは本当によく当たる。恐る恐る振り返ると、さっき通った筈の扉がきれいさっぱり無くなっていた。残されたのは無限に続く廊下とその上に一直線で敷かれたカーペットだけ。


「悪趣味な城だな。ワレが敵ならもっと機能美に優れたものを作るぞ」


 確かにまおうサマの城は素人目で見てもおしゃれだったな。置かれている物が全部高そうで気が気じゃなかったけど。

 まおうサマのジョークにクスクスと笑い声が響く。


「もし良ければ、またヴェルズ城に行ってもいいですか?」


「任せろ。敵には最高級の絶望、友人には最高級の感動を与えるのがワレら魔族だからな、お前には最高級の感動を用意してやろう」


「ありがとうございます」


 おじぎをする俺に、魔王様はえっへんと子供らしくふんぞり返った。


「魔王様だけじゃない、俺達もお前のことが気に入っている。だから近衛兵の何人かを連れて酒でも飲もう。お前とはいい酒が飲めそうだからな」


「ほんと、楽しみにしてますからね? 絶対約束ですよ?」


「ふふふ、任された」


「ワシは? ワシは?」


「バハムートも一緒にいこうな」


「任された!!」


『私も混ぜてくれるかしら?』


「構わんけど、他の人と話出来るの?」


『相席するくらいはかまわないでしょう?』


「そりゃそうだな。まぁ、時間があれば二人でも話しようぜ」


『約束よ? 私、こうみえて嘘つきには容赦ないから』


「イメージ通りだよ。まぁ、気を付けるさ。俺もこうみえて約束破るの嫌いだし」


『そうね。最初からあなたはそういう風に見えてたわ』


「ありがとう。光栄です」


 他愛のないくだらない会話。

 こんな約束したのいつぶりだろうか。旅立つ前の送別祭以来だったかな。アラン達とは――うん、思い出せん。


 いつ以来だろうか、こんな前線を張って何かと戦ったのは。

 あの頃の俺は本当に無力で使えるのが頭しかなかったので、どうにかそれを使って貢献しようとした。序盤こそ成果は出せたが、いつしか究極技術アルティメット・スキルを手に入れた彼らに置いていかれてしまった。他に価値を見出せず、時間を消費してしまった結果、俺に残された道はただの囮だった。

 そんな俺が今、最強クラスの夢幻技術オリジナル・スキル蛇の叡智アクレピオスを手に、仲間達と先陣を切って戦えている。


 少なくともそれが俺にとってはうれしかった。

 バカにされても耐えていたあの頃に報いることができる。なによりやっと大切な誰かを守ることができる。


 だからこそ。


 この約束、絶対に果たしてみせる。

 それまでは、死んでたまるか。


 覚悟は出来た。後はもう歩くだけだ。

 さっきまで賑やかだった皆は無言になっていた。でも、それは不快感のあるものじゃない。


 それぞれの覚悟を胸に前へ前へと進み続ける。

 もう恐れることはない。やることはただ一つ、『教育機関』を破壊するだけ。


 さっさと終わらせるんだ。こんな無意味な争いを。

 そして俺達はついに――



 『英雄の間』へたどり着いた。

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