第12話 生け贄の祭壇

 実験施設に到着してしばらく経った。

 目につく魔導書を片っ端から見て回ったがどれも同じ術式だ。

 長居するには危険すぎる場所なので、一刻も早く抜け出したいが成果はゼロ。

 焦りで頭がいっぱいになるには時間がかからなかった。


「クソッ、コレもハズレか」


 めぼしい物が見つからず、イライラが募る。

 それをまたかき消すように別の魔導書を手に取る、がやはり先ほど見て回ったものと一切変わりがない。


「……一体、どうなってんだコレは」


 床に腰を下ろし、一息つく。

 すると、遠くからバハムートが猛ダッシュで俺の方へと向かってきた。


「休憩か!? 休憩よな!?」


「あ、ああ。どうしたんだ、そんな元気になって」


「ワシ、やってみたかったことがあるんじゃ」


 そういって、一個の小包を渡してきた。

 怪しさ満点だが、せっかくの好意を無下にするのもよくないので大人しく受け取った。中身を空けると何やら弁当箱らしきものが……


「それ、開けてみい! 開けてみい!!」


 この殺伐とした状況の中、ワクワクしながら様子を伺うバハムート。

 これは怒るべきなのか……? とちょっと頭に青筋が出来そうだったが本当に楽しみにしている様子だ。


「ふぅ……開けてみるか」


 そう言って中を開けると、意外にも丁寧に整えられた弁当が入っていた。

 それも、動いた影響でおかずとごはんが混ざってしまうのを避けるような配慮つきだ。

 野菜もいい具合に入ってるし、ってか俺の好物であるノコギリマグロの海鮮丼まで入っている。


「これ、お前が作ったのか?!」


「当然!!」


 いつの間にこんなものを作ったんだ……

 俺の懸念を感じ取ったのか、自身満々に間接術式を一工夫すればこんなことは造作もないとか五分もあればサクっと完結とかなんか言い始めた。

 

 あまりの気迫に思わずたじろいだが冷静になって考える。さすがに弁当に海鮮丼ってのはナンセンスなチョイスじゃないか?

 しかし、バハムートは自信たっぷりにうんうんとうなづく。実際、海鮮系を入れると必ず付いてくる生臭さはない。

 食べてみろ、早く食べろと目で訴えてくる。というか口でもそういい始めた。

 ええい、わかったよ。食べればいいんだろ!!


 恐る恐る手を付け、海鮮丼を口に入れた。


「う、うめえ」


「しゃあおらあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 滅茶苦茶嬉しそうだった。

 いや、マジでうまい。なんでこのチョイスでこんなにうまいんだ。

 雄たけびのせいで耳が吹っ飛びそうになったが、そんなの忘れるくらいにはウマい。


「これがワシの作った愛妻弁当第一号、怒髪天逆鱗飯ドハツテンドラゴンランチだぁ!!」


「え、えぇ……」


 だ、だっせぇ。なんでその名前なんだ。

 さっきの興奮も一瞬でチャラになった。耳の痛みが一瞬で戻った。


「ま、まあうまいよ。うん」


「なぜだ、裏でゴシュジンの好みを調査してまわったというのに。喜んだかと思えば急に感触が無くなったぞ。なぜだ……」


「いや、ホントうまいから。気にすんなって」


「ワシは屈託のないゴシュジンの笑顔が見たいんだ。どうしてだ、どうして上手くいかないんだっ。何を間違ったんだ。配分、材料、調理方法、保存方法全て選りすぐりにしたというのになぜだ、なぜだ、なぜなんだ……ブツブツ」


 怖い、怖いよこの竜。一体何を目指しているんだ。頭を抱えそうになった。


 そんな俺達に生暖かい視線が向いていたのを知るのは、大分後の話。



 休憩を終え、また術式の調査に戻った。

 魔導書の中身は相変わらずただの召喚術式だった。ちょっと意気消沈しかけたが、不思議と苦には感じなかった。

 それになんか不思議なもので、さっきより頭がクリアになった気がする。

 今まで感じなかった違和感に何か形が付き始めたのだ。


 これもあの竜のおかげなんだろうか? いや、単純に飯食ってリラックスしたからか。

 とりあえずバハムートには感謝しておくとしよう。

 あともうちょっとで見つけられそうなんだが……


 ふと疑問に思う。

 何故魔導書の中身は全部同じ術式なんだ?

 違和感の正体はコレなのか?

 そう疑問に思ったころ、まおうサマが俺の元へと近づいてきた。


「これはちょっと不味い事になったかもしれん」


「……どういうことです?」


「そこにある魔導書を見せてくれ」


 そう言われたので魔導書を手渡すと、まおうサマ達は中身をペラペラとめくり始めた。

 何かを把握したのか溜息をつくと、術式のページを開いて俺に説明した。


「……この術式、見たことあるか?」


「召喚術式、ですよね?」


「それはそうなんだが……じゃあ質問を変えよう。この術式を見てどう思う?」


「……いや、全く同じ術式だな。としか」


「あっ」


 バハムートが何か気づいたらしい。まおうサマや、ソウさん達も同じくひらめいた顔をした。俺だけ理解できてないとかちょっと恥ずかしいんですけど。

 しかし俺からしたらやはり同じ術式にしか見えない。


 ……俺だけ?


「ひょっとして、魔族や竜にとってはポピュラーな術式なんですか?」


「そう!! これはワレら魔族や竜族の中では一般とされている術式展開なんだ」


 まおうサマが拾った魔導書の中身を見せてもらうと、俺らの知らない書き方がされていた。

 なんというか、一つの術式から何個もの術式を呼び出しているような……今まで見たことのない書き方だ。


 そこでようやく気付いた。


「……なるほど、そういうことですか」


 俺ら人間は魔族を宿敵と教えられて来た。

 魔族が人間の領土を奪っていき、侵略していると教えられた。

 しかし、それは嘘だった。まおうサマ達は今、こうして人を知ろうと足を運んでいる。人と同じように笑うし、怒るし、悲しむ。

 それが見えなくなる程に魔族とのやり取りを断絶してきた。

 それなのに。


 なぜ敵である魔族が召喚され、実験動物として扱われているのか。

 なぜ魔族が使役する技術が使われているのか。



 |。



 まおうサマの言っている意味がようやくわかった。

 そして、ある仮説が生まれた。


「そんなバカなこと……」


 いや、やめよう。こんなこと考えるのは。流石に信じられないし、信じたくない。

 それに、この場所の目的が見えてきたんだ。まずは次のチェックポイントである『隠し部屋』を目指そう。

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