第10話 システリア城の闇、人の闇
船旅は順調。微塵もバレやしない。
何かひと悶着あるかと警戒していたけど、乗組員達にバレる気配もさらさらなく、随分と愉快に宴に熱中している様子。
世界平和を目指してる俺は、重箱の溝に潜む米粒のように自粛しているというのに、だ。
そう、バレたら一発退場は俺。悪者も俺。お縄につくのも俺。こんなにも道徳的な性格をしているのに、俺を博愛主義だと知っている奴は、この船の中に自分以外誰もいないのである。
なので全てがうまくいった暁には、すぐにでもお前らを日陰に追いやって、俺が日の目にオンステージしてやる。お前らは舞台裏で小道具でも弄ってろ。
目立つのは嫌いだけど。
そんな一人芝居で時間を消化している内に、宴を満喫する男衆の声が一つ一つ近づいてきた。
どうやら俺の隠れる木箱付近で何かが始まったらしい。
楽しそうにはしゃぐ余韻は、何かがブチ当たる衝撃に還元されて我が宿にガスガスと当たってくる。
当然ストレスは右肩上昇。
ステイだよ平和主義者。ここは争う場じゃない。
怒りのやり場にぐぬぬぬと四苦八苦する中、ふと着想。
ならいっそ、どうせならこっそり見てやろうじゃないか。
そう思った俺は少年のような心で箱の隙間からの目視を試みる。
暗いですう、何も見えないんですう。
うん、見事不発。
ならば、
液化した体を箱の隙間へ少量だけ流し込み、するすると近くでたむろしている男共の隙間へ避難。
そのままひょっこりと目ん玉だけを復活させて、周囲の様子を観察。
……なんだこれ。
絶句、戦慄、驚愕。
びっくりを表現する言葉たちがお星さまのように脳内を左から右へ経過。
モコモコした真っ青な民族衣装を着たおぼっちゃま、顔見知り。
モコモコした真っ赤な民族衣装を着た自称子分、顔見知り。
どこで手に入れたかもわからない服装の顔見知り共が生み出した、踊る様に優雅で果し合いの様に物騒な剣のやり取り。
繰り返される鍔迫り合いに呼応して、実演中のお二人は一段ずつヒートアップ。しっかりと観客を魅了していく。
「む、やるな」
「そっちこそ」
は、ははは。
そうだった、こいつらはそういう奴らじゃないか。初対面の俺を前に寸劇の打合せするような規格外達じゃないか。
良識はあると思って無策で投入した俺の判断ミス。しっかり後悔した。
どうにでもなれと思考放棄している俺を置き去りに、中心で喝采を浴びる侵入者たち、みすみす侵入されちゃってる者たちによるどんちゃん騒ぎはピークを迎える。
そんなんでいいのか、ギルド員。
結局、この催し物は船を降りるまでずうっと続いた。
用意したものが目の前で崩れていく姿には最早絶望しかない。
この時頭を支配していたのはただ一つ――無力感だったよっ。
船が停められると、皆さんは悠々自適に船を降りていった。取り残された俺を置いて。
俺はそこから誰もいなくなったのを確認して、忍び足で倉庫へ侵入。
もう一回言いたい、なんだこれ。
「無事に着いたな?」
死角からの耳打ちにびっくりして振り返ると、真後ろでソウさんとジュラさんが腕を組んで立っていた。
どうやら、俺と残りの二人を待っていたらしい。
「あのお方達はずっとああいうもんだ。慣れるしかない」
ニヒルに笑う二人に肩の力が抜ける。
もちろん悪い意味で。
それから宴の主役二人と、余りものの俺ら三人が合流。
乗組員が荷物を置いてさっきの船へ帰る姿を確認して、変装を解く。
もうここにいるのは俺達五人だけ、だよな?
「付けられてないだろうな」
さっきのバカ騒ぎの一部始終を見ていた目線で竜に問いかける。
「安心しろ。ワシら以外の誰もいない。竜の嗅覚は魔力すら嗅ぎ分ける」
竜は自信満々に胸を張った。何も悪いことしてません。ヘマしてません。
言葉はなくても堂々とした主張、まさに体言という奴。いかれてんのか。
これでバレてたら三日間お仕置きだったよ、きみ。よく命拾いしたな。
一応自分でも探知する仕組みは持ってる。
使っててわかったけど、
情報ってのは例えば心音、対象の温度など。もちろん情報量は調節可能。
メンバーへ事前に渡したお札を渡したのもその為。微弱の毒状態にして味方の状態を管理できるってのがタネ。
なわけで、周辺にまき散らせば広範囲の敵検知としても使える。
ただ、範囲を広げると検知対象が増えるので加速度的に情報量が増えるのが玉に
一瞬の把握だけならいいけど、何分も使うと余裕でキャパオーバー。
下手したら疲労で脳が使い物にならなくなる。
当然こんな序盤で気張るのは勿体ないので、心配ではあったものの一旦自身満々の竜に任せることに。
早速嗅覚とやらを披露してもらうと「ワシら以外の魔力は見当たらん」とアンサー。
なら、とりあえず信じて先へ進むか。
俺の調べた内容を元にすると、倉庫内には隠し扉が一つあるらしい。
一面だけ壁を隠した本棚に隠れていて、そこの本一冊を奥に押し出せば先に行けるとのこと。
さっそく本棚を見つけたので、調べた通りにすると簡単に本棚は右へずれ、一人用のドアが現れた。
誰もいない事を確認してもらい、扉を開けると下に続く階段が続いていた。そこを降りると今度は一面真っ暗闇。
ソウさん達にお願いし炎魔法で明かりをつけてもらう。一本道が現れた。
ここまでは地図通り、後はひたすら前へ前へと目指す。
無言で先を目指す俺にまおうサマが話掛けて来た。
「キールよ」
「なんです? まおうサマ」
「貴様、何故ワレらをここまで信用する? ワレらがお前を騙すと考えはしないのか? 今、突然ワレらが
当然の疑問だ。
俺の行動は、魔族の判断を
「考えましたね。申し訳ないですが」
「じゃあ、なぜ?」
「それ以外の方法が思いつかなかったんですよ。俺の頭じゃ」
「……そうか」
貴方たちに賭けるしかない。
その答えにいきつくまでに何があったかなんて、散々考え抜いたまおうサマならわかってしまうだろう。
戦争を止めたところで、またどこかで始まってしまう。
冒険者を介して無益な殺生は避けてもらうとか、場合によっては敵に鉢合わせしないような冒険ルートを選ぶとか。
たかが冒険者にできることはそれくらいの小細工。それ以上を求めるなら、あとは身を亡ぼす覚悟で敵を討つしかない。
そんなことしかできない俺らよりはるかに優れていて、会話の通じる奴らがどういう判断をするのか。
本能に従って敵を滅ぼすか。はたまた誰も想像しえない新しい道を作るのか。
はたして、この世界から争いが無くなるのか。
それが知りたかった。
「ま、ワシはたとえ信用されなかろうがゴシュジンに一生ついていくがな。ガハハ!!」
「そういうこと、少しは考えたりしないのか?」
「生を全うする限り、一度決めたことは成し遂げる。竜の宿命だ」
ガハハと笑い飛ばす竜。
こいつは俺と出会うずっと前から覚悟なんて決めていたのかもしれない。何年も生きて色々なものを見て来たからこそ。
この思い切り、本当に脱帽する。安易に竜だなんて呼べないな。
そうしている間に、一本道に出口が見え始めた。
これまた人一人入れるであろう扉が俺達の前に現れる。けど、その扉だけは妙な存在感を放っていた。
当然な理由だけど、どうしてこんな場所と図書室が繋がっているんだ。
地図的には図書室とか書いてあるけど、本当にそうなのか?
「さて、そろそろ図書室につく。バハムート、探知頼めるか?」
「ふふん、任せろ!!」
そういってバハムートはくんくんと匂いを嗅ぎ始めた。
「ふむふむ、人の臭いはしないが……これは」
「どうした?」
バハムートの顔が一変険しくなった。どうした?
「ゴシュジン、この奥は本当に『図書室』なのか? あれではまるで……」
バハムートは眉間にシワを寄せ、警戒を強くした。
下準備では人と出会わないことは把握している。システリア城の地図からしてもこの先は図書室で間違いない筈。
じゃあなんだ、これは。
鵜呑みにしてはいけないような。言葉に出来ない嫌悪感は。
まおうサマ一行も竜と同じく臨戦態勢だけは崩さず、前に出ることはなかった。
自分の目で見ろ。彼らはそう言っているんだ。
「……わかりました、俺が開けます」
意を決して扉を開けた。
すると、そこには。
おびただしい量の
理性は既に無く、言葉にならない喚き声を上げて互いを喰らいあっている。
目は血の如く充血し、何かされたのか頭の角や筋肉やらが不自然に発達。
内一体は右腕が体よりも肥大してひきずるように歩き回っている。あまりにも歪つ。
それを証明するようにバケモノ達は動く度に体の血管が千切れ、口からたらーっと血を垂れ流ししている。
そんな自分も認知出来てないのか、どんなに体がボロボロになってもひたすら暴れ回っていた。
壁という壁にこびり付いた乾いた血痕が、ずっと前から惨状が続いてることを示していた。
夢であってほしいくらいには悲惨な光景だった。
「ギィ?」
突然、ある一体(牛頭に人の体をくっつけた容姿)に異変が起きる。
膝から崩れ落ちたかと思えば、うめき声を上げてガタガタとせわしなく震え始めた。
苦しそうな様子で血が出る程に体を掻きむしる。それでも震えはより大きさを増す。
そのままみるみる膨張していき――破裂した。
また壁に血が飛び散った。
それでもバケモノ達は暴走を止めない。目に映る全てを無我夢中で壊しつくす。
足元には無数の
その人はまおうサマと同じような肌色だった。どんな姿かは正直言葉にもしたくない。
こんな現実があってたまるか。
無神論者の俺ですら、神に祈りたくなるほどだった。
「……人間というものは、ここまで外道か」
怒りに顔を歪ませるまおうサマ。ソウさん達も今にも誰かを殺しそうな程殺気を放っている。
関係ない俺ですら怒りでどうかなりそうだった。
平常心でいられる奴なんて誰もいなかった。
無造作に並ぶ試験管たち、誰か一人入れる程度のカプセル。
遥か高くそびえたつ巨大な本棚。見上げてもてっぺんが見えないくらい大きい。
そして、目の前には。
「ギャアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
無我夢中でモノを壊し、仲間を壊し続けるバケモノ。
首元には首飾りらしきものがぶら下がっている。
「クソッ、こんな時に。最悪だ」
見たくなかったのに見えてしまった。
そこに映されているのはおそらくこうなってしまう前の、仲睦まじい家族の写真だった。
「眠らせてやってくれないか」
まおうサマはこの人たちがもう助からない事を察したのだろう。
その頼みをに無言でうなづく。さっさとこんな悪夢終わらせてやる。
「しばらく、俺の側から離れないでください。
影響範囲に味方がいないことを確認して、体から毒霧を放出。
それは一瞬で周囲へ拡散していきバケモノ達を飲み込んでいった。
巻き込まれた彼らは暴走を止め、眠るように崩れ落ち、最後にはゆっくり霧と同化するように消えていった。
元々は死角からやってくる敵の迎撃対策で組んだ技だったけど、こんな形で使うと思わなかった。安らかに寝てくれ。
そうして少しずつバケモノ達が浄化されていくと、凄惨な光景に覆われた視界が開けてくる。
ここで初めて図書室の全貌が露わになった。
そこにあるのは目を覆う程の無数の本棚。しかし、そこにあるのは学問の為の本じゃない。
「召喚術式だと? ……ふざけやがって!!」
そう、ここにあるのは。
あの被害者たちを無作為に呼び出す為の召喚術式だった。ここから対象をカプセルに放り込み、何かしらの薬物を投与する。
そして、何かを作る為の実験を開始する。
そうして生まれたのが、彼らだ。
何が図書館だ。何が教育機関だ。
こんなもん、人体実験の施設じゃねぇか。
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