第8話 実は腕試しがしたい俺氏

 竜とまおうサマご一行は大層この街を気に入ってくれた。


 俺と別行動している間にも街を出歩いていたらしく、パンを買ってはむしゃこら。鳥の串焼きを買ってはむしゃこらしたそうだ。


 帰ってくる度に腹のぽっこり具合が加速。酷い時は自分のでべそを存分に見せびらかして、ゲップしながら帰還という蛮族みたいな日もあった。


 勿論食いすぎだと叱ったさ。

 けど、手が勝手に!! とか、どうしても止められないんだ!! とか涙を流して喚き散らす始末。


 そんな奴に待ち構えている未来なんて当然決まっている。不摂生に不摂生を重ねてた結果、この町に来た頃とは比べ物にならない位に肥えてしまった。

 弁解するように外に出て遊んでるからとか言い訳してたけど、まおうサマに至ってはちょっと歩くだけでぜぇぜぇ言うようになっちゃったからね。ただの肥満児です。


 そして今日。

 存分に人間界(魔族の皆さんが俺たち人間の住む場所を呼ぶ時の総称らしい)を楽しんでいただいた結果がそのでっぷりお腹に蓄積されている。


「いやあ、人間界の食やアトラクションがこんなにも素晴らしい出来だとは思ってもみなかった」


「そうだな!! 魔族もこの街を参考に多大なる発展を目指すぞ!!」


「オー!!」


 その崇高なる大志に合わせて、でぷんでぷんとお腹が揺れる。


 お互いがお互いの腹を指さして笑い転げるが、おあいにく様俺達からみたら同率一位。現実を見てもらう為、鏡の前に立たせると、さっきまでのルンルン気分は嘘のように真っ青のお通夜状態になってしまった。


「ど、どどどどどういうことだこれは。ゴシュジン、助けて!!」


「ワ、ワレにもわからん。ニンゲン、キサマ何をしたぁー!!」


「喰いすぎです。全部貴方たちのせいです」


 また、硬直した状態で互いに顔を見合わせる。それとは真逆にお腹はさも楽しそうにでぷんでぷんと揺れる。


「き、キールよ、貴様の力を試したい」


 唐突にまおうサマからの宣戦布告。

 普通なら泣いて逃げ出すはずなのに、その姿はあまりにも緊張感のないフォルムだった。魔王が聞いてあきれる。

 その言葉の真意は『ダイエットしないとまずいから助けて!!』なのだから。


 つってもその力は他を凌駕する訳で、こんな姿になったところで、俺ごとき瞬殺されるだろうな。


「冗談やめてくださいよ。俺じゃ一瞬で粉微塵だと思いますよ?」


「それこそ冗談だろう。このポンコツ竜から聞いておる。貴様の強さについてはな」


「ポンコツとは誰のことだ!?」


「お前だッ!!」


「……そ、そう」


 不思議かな。竜のお腹もしおらしくなってしまった。

 ごめん、嘘。普通に膨れすぎ。


 と、茶番はこれまでにして。

 確かに俺はこの竜を倒した、奇跡的とはいえそれは事実。無能力者だった俺からしたら考えられない位の快挙。


 それ程にまで蛇の叡智アクレピオスの強さは異様だ。完全回復ができるスキルなんて聞いたことないし、それこそ昔の古傷まで消してしまう。

 それでもまだ余力を残している気がしてならない。


 限界は一体どこなのか。

 今後のことを考えると、知っておくのはいいかもしれない。


 覚悟を決めて、まおうサマと対峙する。


「了解しました。まおうサマ、相手してもらってもいいですか」


「うむ!!」



 という訳で、俺達は城下町から数キロ程離れた荒地へと移動した。


 どうして荒地を選んだか。まおうサマいわく、俺達みたいな強大な力を持つの者同士が戦うと街なんて軽く消し飛ぶらしい。し、信じられん。そこまでする戦いって一体何をおっ始めるって言うんだよ……


 武者震いという名目でガタガタ言わせてる俺をよそに、まおうサマは何かしらの武術をモチーフにした構えで対面する。素人目に見ても一つ一つの所作が綺麗……ひょっとして武道の達人じゃないよなこの人。


「では参ろうぞ」


「は、ハイ。よろしくお願いします」


 お互いに距離を取り、構える。

 ピリついた空気が漂う中、互いに集中――雑音は消え、荒地に吹く風の音だけになった。


 そして。


「ハックショォーン!!」


 竜のくしゃみを合図に、闘いの幕が切って落とされた。


『紫焔ッ!!』


 まおうサマの周りを荒々しく燃える炎が浮遊。紫色の炎……? 見たことないぞ、そんなの。

 意識がそこに囚われている間に、拳程度の大きさだった炎は一瞬で人間サイズの火の玉へと膨れ上がった。それが俺目掛けて一直線に襲い掛かる。


「やべぇ!!」


 急いで体を溶かし、地面に潜り込む。

 しかし、紫焔は俺を焼き尽くすまで地面すら突き抜け、執拗しつように襲い掛かってくる。


 全力で逃げるが差は縮まらない。このままだとやばい、どう切り抜けるッ?


『形質変化を使いなさい。毒の濃度を上げるの』


 久しぶりに幻聴さんの声聞いたなっ。いや、そんなことより。

 

「そんなことできんの!?」


『当然よ、任せなさい』


 本当に出来るのかよ……毒で炎を溶かすとか眉唾だけど、やるしかない。


「――なるようになれ。形質変化ッ!!」


 イメージは空気すら溶かす異次元の『酸』。その力を持ってあの炎を融かして見せろ!!

 全身を酸に変え、濃度をより強めていく。


「いっけぇえええええええええええええええ!!!!」


 焔と酸は激突し、互いを喰らうようにからみ合う――が、決着は実にあっけないものだった。

 酸が一瞬で焔を鎮火してしまった。


「し、信じられん。ワレの紫焔をこうもあっさりと」


「そ、そんな凄いんですか?」


「当然だ。この紫焔は何人たりとも消せない炎。消せる奴などいない――筈だった」


 それが事実かを確かめるのようにその焔の強さを話していく。信じられないながらもそれを本物だと認めざるを得なくなったのか、まおうサマはフッと笑みを浮かべた。


「貴様だけだ。ワレの焔を消せたのは」


 とても嬉しそうに笑みを浮かべてすぐ、まおうサマは目にも止まらぬスピードでこちらへ突っ込んで来た。


 そこから繰り出される蹴り、殴打のコンビネーション。

 体を液化させてギリギリいなし続けるが、それにせいいっぱいで防戦一方。ラッシュが早すぎて攻め入る隙が見つからない。こっちもそろそろ仕掛けないと……


 その時、まおうサマが一瞬だけバランスを崩した。


 ――勝機!!

 ここで俺は液化した体を高密度で圧縮。ガチガチに固め終えた後、全身を針状に尖らせ突進――き倒す。これは決まるだろ!?


 傾く体をそのままに、追撃の構えをとるまおうサマ。


「ウソだろ……」


 崩れた体制のまま殴り掛かるモーションを見せたあと、強引に体を引きスウェーバック。絶対当たると思った針攻撃が空を切る。

 呆気に取られる俺をよそに、まおうサマは紫焔を足に纏わせ、視界からいなくなった。


 見失った。と理解したその瞬間、ハイキック一閃。息が詰まるほどの衝撃が左側頭部に突き刺さり


「ウオッ!!?」


 体は軽石みたく吹っ飛ばされ、そのまま岩壁へと激突。

 

「これで終わりか?」


「……なんのこれしき。まだまだこれからですよ」


 今までの俺ならこの時点でぺしゃんこに潰れてるのにまだ戦える。痛みもあまりない。

 衝撃を逃がせているんだ。――この液化、使える。


 倒れてクッションになった岩は見るも無残な姿になっていて、まともに喰らっていたらと思うとぞっとする。


「……やはり、とんでもない奴だな」


「昔だったら千回死んでますよ」


「当然だ、千回殺すつもりでやってるからな」


 とんでもなくぶっそうな発言である。

 だが、不思議かな。本来ならここで怖気づいて涙目で逃げ出すんだが、何故か俺はこの状況に楽しみを見出していた。


 今まで俺はスキルというものを持っていなかった。炎を身に纏い無双する奴、水を操り優雅に戦う奴、そいつらを後目しりめにいそいそと援護の準備をしていた。

 前線で戦う仲間に引け目を感じながら、後衛で回復に専念する回復術士といっしょに戦いを見守っていたんだ。


 やっと、俺も前で戦える。


「戦いって、こんなに楽しいのか」


 独り言が聞こえたのか、まおうサマも嬉しそうに応える。


「ワレも始めてだ、こんなに戦いを楽しいと思ったのは」



 日が暮れてもひたすら戦い続けた。


 まおうサマは時間が経つ程、ギアを上げるみたく攻撃全てのスピードが上がっていく。

 ギリギリ目視できるレベルだった攻撃も、今では動きを予測しないと簡単にぶっ飛ばされるくらいにスピードまで跳ね上がっている。


 が、なんと俺はそれに対抗できていた。

 スキルの扱いに慣れたのか、攻撃を常時無力化できるまで能力をコントロール出来るようになってしまった。


 編み出した技、反物質形状記憶鎧ゴースト・メイルは相手の火力に合わせて反作用を起こす。どんな破壊力を持ってしても攻撃を中和し、衝撃をゼロにする代物。

 

 それは、言ってしまえば力を殺す毒。

 力を殺しつつ、相手や物体の動きに合わせて体の形が自動で変化するので、相手からしたら反発が一切返ってこない。それはまるで実体のない何かに触れてしまった錯覚を生み出す。


 次々と繰り出される攻撃を吸収し、透明な鎧は成長する。

 始めは威力の少しだけ緩和する程度だったが、今や殆どこちらにダメージは入ってこない。そのまま遂に必殺級の乱打の嵐を全てしのぎ切ってしまった。

 

 カウンターで腕から薄く伸ばした氷柱を生成し、弾幕を送り付ける。止まらない毒の雨に、まおうサマは障壁を張り守りに入るが、障壁が耐えきれず崩壊。ついに俺の攻撃がヒットした。魔王の膝をつかせることに成功したんだ。


「よっし!!」


「やるな!!」


 そうして、また戦いに没頭していく――

 結局、闘いは丸三日、まおうサマがすっかりスリムになってお互いが倒れるまで続いた。



 この時のキールはまだ知らない。

 たった一日で大国を亡ぼせる程の強さを手に入れてしまったことを。

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