第5話 まおうヴェルズ!!
争いは嫌いだ。
全てを奪ってしまうから。何気ない日常も、手に入れた幸福も簡単に消えてしまう。
その為に旅を始めたのに。もう失いたくないと、そう願っていたのに俺はまた失ってしまった。
今の俺に残ったのはあの頃の夢と家族だけ。
でも、それだけでいい。アイツの悲しまない世界が手に入るなら、俺はどうなったってかまわない。
「よく来たな!!」
何かの声で目が覚めると、ひんやりつやつやな床の上でぶっ倒れていた。
どこだ、ここ。
重い体を起こすと、そこには剣を掲げた騎士の銅像とか、ゴツいおっさんの肖像画とか、金ピカに光る壺とかがたくさん。1個でも壊したら弁償代で命を要求されそうなくらい、いるだけで身震いしちゃう部屋だった。
その奥で金髪ショートの少年が偉そうに仁王立ち。
悲しいかな。王冠やら高そうな服やら大層なモノを付けても、本体がちんまりしすぎて着せられてる感が強い。そんな失礼なことを考えている俺をよそに、少年は勝手に自己紹介を始めた。
「ようこそ、魔王城へ!! ワレこそが、まおうヴェルズである!!」
ニカッと笑う口元から見え隠れする牙と、ちょっとずれた王冠から飛び出すちゃっちいツノがまたかわいらしい。
こんな子が魔王を名乗る世界線っていえば、うーん。
「なんだ、夢か」
「夢じゃなあああああああい!! ワレはりっぱなまおうであるぞ!!」
「おやすみ」
「ま、まて!! まだ話はおわって」
とんだ茶番じゃないか。
どうせスタイリッシュ牛頭さんの危険運転で気絶したんだろう。普通ならもっとこう、威圧感バッチバチのすごくとんでもない何かが出てくるはずなんだきっと。こんなメルヘンな世界線が現実であってたまるか。
そう思っていました。例のアレが起きるまでは
「ふ、ふぇ」
「ひょ?」
「ふええええ……」
まおう、ショックで泣く。
すると、どこに隠れていたのか魔王の従者っぽい人達がわらわらと登場。えっ、これ夢じゃないんですか!?
「ウソウソ!! 冗談ですって魔王サマ!! ちょっとしたアイスブレイクですよ。だから泣かないで、ね?」
「アイスブレイクって、なに。ふえええええ」
「お楽しみってことですよ!! 俺も楽しみにしてたんです魔王サマ。だから、ね?」
「……ほんと?」
「モチのロンですよ!!」
「ふ、ふん。初対面のワレにすいきょうなことをしてくれる。やるじゃないか、にんげん」
きっと酔狂とか意味も分からずに言ってるんだろうなぁ。カッコつける為だけに頑張るお年頃だもんなぁ。
うん、とりあえず言えるのはヒヤヒヤした、ヒヤヒヤしたぁ~。
「お楽しみいただけましたか?」
「なんか、ぶるっとしたけどたのしかったぞ!!」
「本当ですか!! それはとても良かったです。そういうわけなんで」
集まった兵隊さん、皆ゴツイ鎧を付けて筋肉がパンパンに極まった獣戦士。人間の体位おっきい剣やら槍を軽々持ち上げる人ばっかり。
そんな熟練マックスの兵隊さん達が、殺気マシマシで一介の冒険者に武器を向けるとどうなるか。
「皆さんどうにかしてくれません? そろそろ気絶しそうです」
いたいけな青年のおもらしシーンなんて見たいか? 見たくないだろ。
『……何をしてるの。あっ、かわいい』
「ゴシュジン、これはギャグという奴だな!! 面白いぞ。ヌハハハハハハハハハハハハハハ!!」
ギャグなわけないだろバカタレ。こっちはいつ首を落とされるか気が気じゃないんだぞ。
あと幻聴さん、誰にも見えないからって男の子にかわいい。とか鼻の下伸ばすのやめてくんない。聞こえているんですよ、こっちには。
あまりの俺の気迫(紙をぐしゃぐしゃにしたような泣き顔+震え声のオプション付き)に納得してくれたのか、もしくは引いたのか、まおうサマはあわてて側近さんを下がらせた。
「御意」と言って一斉に殺気やら刃物を引っ込めて後ろに下がっていく光景に、いよいよ夢ではないと理解する。ひょっとしてこの子、マジもんの魔王さまなの?
「して、バハムートよ。よく来たな。キサマがここに来るのは何年ぶりか?」
「忘れた。最近じゃないか?」
「ば、ばかっ!!」
まおうサマは竜へ駆け寄りこそこそと耳打ち。
「おぉ、そんなこともあったな」
「たのむぞ!!」
コホン、と咳ばらいをして――
「ワンテイク、スターっツ!!」
誰の声だよ。
「して、バハムートよ。よく来たな。キサマがここに来るのは何年ぶりか?」
「どれほど待ちわびただろうな? この百年、ずっとお前に会う事を楽しみに生きて来た」
「ワレもだ!!」
あ、ちょっとうれしそう。これがやりたかったんだね。
兵隊の皆さんも子供を見守る顔になっている……もちろん俺もそのひとりである。俺達は敵同士じゃないんだ。おこちゃまのままごとに心をほっこりさせるただの大人なんだ。
「いよ、魔王様!!」
「魔王様、バンザーイ!!」
「魔王様のかわいさはセカイイチィ!!」
一人隠せてねえ。
かくいう俺も口走りそうになったけど、そこはお口チャック。
『ほんっと、かわいい……』
アンタ、ほんっと気持ち悪いから隠してくんない。
こんな感じの光景が何度かあって、特に質問があるわけでもなく一通りの尋問? が完了した。
話してみてわかったのは、この人達戦う意思は全く無さそう。いや、俺も戦いたくないけどさ。みんな強そうだし、戦っても普通に殺されそうだし。話せば伝わるような人達でよかった。
相手も同じく戦う意思がないと判断してくれたのか、魔王と呼ばれる少年……もういいや、まおうサマにしよう。まおうサマも特に警戒なく俺へ尋ねて来る。
「して、人間。貴様はどうしてここに来たのだ?」
「無理やり連れられてきました」
驚いた顔のまおうサマは知り合いらしい竜を凝視。自慢げに大層な胸を張る自由人を見て何か察したようだ。
「このバカ竜にさらわれたのか? かわいそうに、コイツは全く話を聞かないからな」
「フフン、ワシの自慢のゴシュジンである」
ひょっとして、まおうサマいい人?
それにひきかえ、この竜は話を聞かず暴走するスタイルを知り合いにもやらかしてるらしい。納得までされるってどれだけ信頼がないんだお前。豪快に笑い飛ばす竜に口元がヒクつくのがわかる。
それにしても、ここは敵の本丸なんだよな? 仮にも俺は人間な訳である程度の警戒はしているはずなんだけど、こんなフレンドリーで大丈夫なの? いや、その方が嬉しいけどさ。
「あのー……」
話しかけようとすると。まおうサマは側近さん達と既に何かしらの話し合いを始めていた。かと思えば、たった数秒で切り上げてしまう。皆彼の選択に納得しているようだけど、一体何をするつもりだ?
「大体わかったっ!!」
デカデカとそう言うと、さっきのお子様はなりを潜めて真の姿を現す。少年ながら威厳と威圧感を放つ、俺の知る魔王となってこちらへ対峙する。
「貴様は我らと敵対するか?」
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