第4話 ラストダンジョンまで一瞬だったし、竜の背中はやっぱり堅かった

 竜との遭遇から二日。


 相変わらずバクバクとうまそうにタダメシを喰らう竜に、今後を憂いすぎてやさぐれる寸前の俺。

 そう、今抱えている問題はその先の全てに関わってくる超重要課題なのである。


 目 的 地 が 決 ま ら ん。


 旅をするにあたって一番大事なのはゴールを決めることだ。準備ももちろん大事だが、目的地が正しいかどうかでその旅の全てが決まる。

 

 しかし、悲しいかな。俺達は急造コンビ。内訳も味方に裏切られた落ちこぼれと、戦力差未知数、しかも俺を喰ってまずいと言った竜。こんなもんだ。


 果たしてこの状態でヴェルズ城へ到達できるんですか?

 出来るわけないだろ。大人しく家へ帰って、今後の人生について考える方が無難に決まってる。

 ただし、ここでこの場を離れてしまえば二度とヴェルズ城には行けないかもしれない。それを考えるとどうしても決断が出来なかった。


「ゴシュジン、さっきから何を悩んでおる?」


 悩んでいる俺の横で呑気にゲップをかます竜。こめかみに青筋一丁。

 堪えろ、堪えるんだ。きっとこの子に悪気はないんだ。ただ人よりちょっと自由な性格なだけなんだ。いいね?


「いや、な? 一度故郷へ帰るかヴェルズ城を目指すかどっちにしようかと思ってな」


「ヴェルズ城? 行きたいのか?」


「おう」


「ワシが連れて行ってやろうか」


「へ?」


「これがワシの初仕事になるとは。ゴシュジンなら、奴もきっと喜ぶだろう」


「ひょ?」


「よし、行くぞ。善は急げだ。ワシの背に乗れい!!」


 さっきまで食べていたメシをいつの間にか綺麗に平らげて、人間の姿から竜に変身する。

 耳が破裂する程の雄たけびを上げたかと思えば、ひょいと背中にのせられてしまった。


「ちょっと。一体何を」


 のそのそと洞窟の出口へと向かう竜。

 

「何って、ヴェルズ城に行くに決まっておる」


「こ、心の準備が……ひっ」


 洞窟の外に出ると、そこはもう一面血のような真っ赤な空が。俺がいつも見ていた、青く広がる快晴とはまるで違う世界。背筋が凍る。

 

 ああ、本当に魔王城へ向かうんだ。

 

 竜は大きく翼を羽ばたかせた。たった一回で落ちたら簡単に死ねる位の高度まで飛翔。

 そのまま竜はぐんぐんと加速し、雲の先へと昇っていく。先ほどいたあの巨大な洞窟はあっという間に点程の大きさにしか見えなくなってしまった。

 ガチガチに震える俺をよそに、無駄にテンションが上がった竜は進行の音頭を取る。


「しっかり、つかまるのだぞ!!」


「は、話の展開が、ぎにゅうああああああああああああああああああ」


 この竜、本当に全てがいきなりである。



 数分後。



「着いたぞ!!」


「おぼええええええええええええええええええええ」


「修行が足らんな、ゴシュジン!! これを機に鍛えることをオススメする!!」


「おぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ」


 瞬き一つで視界の端から端まで移動する世界で一番早いと言われるビワハヤブサ、それをごぼう抜きする程早く滑空する竜。

 こんな奴が調子に乗ってぐんぐん、ぐねぐね旋回したらどうなるか。

 耐えられるか。生きているだけ褒めてほしいくらいだ。


「あれが、ヴェルズ城だ!!」


 荒地にゲロを吐く俺をよそに、いつの間にか人間の姿に戻った竜。

 我が物顔で指をさしたその先には、表情が死ぬ位にはとても豪勢で大きな城が経っていた。


 ……まるで山じゃないか。


 巨大なえんとつ状の屋根が三つ並び、その中心に金細工をちりばめたようなステンドグラスを正面に置いた入口。

 歩いて一時間はかかる位離れているはずなのに、グラスに描かれるバラの花はハッキリと目に焼き付いている。それだけスケールがデカいということだ。

 芸術にうとい俺ですら圧倒される、とんでもないアートだった。


「何というか、とにかくおぼぼぼぼ」


「そう、無駄に大きいのだ。あんなちびっ子の城なんて豆粒くらいの大きさで十分だろうに」


「お、おぼぼぼ」


「吐くかしゃべるかどっちかにしてくれ」


 お前のせいだ、馬鹿野郎。


 もし、竜と出会わずアイツらとここに付いていたらどんな気持ちでここに立ってだろうか。

 覚悟を決めて調子に乗って先陣を切っていたのだろうか。

 それとも最後に仲間と団結を深めていただろうか。

 ニアのことを考えていただろうか。


 今となってはニアを除いて全て夢の彼方だが。


「まあいい。勝手口はここじゃないからな」


「そうなの? あのデカく映っている扉はダミー?」


「おう!!」


 すると、竜は大きく息を吸い込んで


「バカ王子ぃいいいいいいいいいいいいいい!! あそびにきたぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


「うるせええええええ!!」


 あまりの爆音に頭が吹っ飛びそうになった。

 直後、あの大きな城から黒い影が降ってくる。あのビワハヤブサみたいにぶっ飛んだスピードでこちらへ向かってきて


「お迎えに上がりました。バハムート様」


 鳥の翼を生やした牛頭の男がそこに舞い降りた。というより衝突した? 上手く着地出来たようだが地面は綺麗に穴が開いてしまっている。


「いつもご苦労!!」


 顔なじみなのか竜は牛頭の男へ親しげに会釈した。それに対し牛頭の男は片膝をつく。牛頭は竜の側近か何かということ?

 今更だけどこの竜、ひょっとしてあの魔王と何か親密な繋がりでもあるのか? 牛頭さんの名前呼びを許しているあたり、単純な間柄ではなさそうだ。


「こちらは?」


「ゴシュジンだ!!」


「それはなんと……今すぐご案内いたします」


「助かる!!」


 竜の答えに牛頭はびっくりしたのか驚いた声を上げ、その次には感動したような素振りを見せた。

 どうしてそれだけで話が通じるんだ。


「それではゴシュジンも奴の手を掴むのだ」


 そう言われて今度は男の手を掴まされた。

 え、また飛ぶの?


「しっかり握っていてください。こう見えて私、少々飛ぶことが苦手でして」


「ちょっとまって。少し休ませて」


 逃がしてくれない?

 どうしても逃がしてくれない? 捕まれた腕がみっちりと固定されてびくともしない。

 顔がヒクついて尻込みする俺に、満面の笑みで丁重に無茶な要求をする牛頭。


 先ほどのデジャブかな。また体が浮いているんだが? めちゃくちゃ加速していくんだが?


「まって、ほんとにまっで。だのむがらぁ」


「全速前進だ!!」


「いやああああああああああああああああああああ」



 この後、メチャクチャに吐いた。

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