第3話 おとなこどもドラゴンと幻聴
「うまい。上手いぞ、ゴシュジン!」
「はは、そりゃあ何より……」
竜が塞いでいた洞窟の出口付近にて。
俺、キール・シュナイダーは何故か先ほど俺を喰った敵と共に飯を食っていた。
何だこのカオス、もうクラクラするよ。
「どうしてこうも潔いんだアンタは」
「ゴシュジンがそれを言うか。ワシは腹をくくったからな、動揺なんてせん」
ガツガツと俺が作った飯をたいらげる、ぼろ切れを身に纏った赤髪の女性――彼女こそあの竜なのだが、この状況に置いていかれてる俺をほっぽり出してトンデモ解釈をし始めた。
どうやら、俺はゴシュジン足る器を持っている。なら、何も考えず長居していたこの場所を捨て、是非とも旅に同行するしかない。だと。
竜は吊り上がった目をギラリと光らせた。
「ゴシュジン、ワシは貴様が非常に気に入った。弱肉強食という本能を己の意思で捻じ曲げたのだ」
「単純に嫌なもんを嫌って言っただけなんだが……」
「その時点で意思が本能を超越しているのだよ。どんな生物であれ、自身にプログラムされている本能に沿って動く。どんなに頭がよかろうが、特別な力を持っていようが死にそうな時はみにくく命乞いするし、歴戦の勇士でも例外ではない。子供のように死にたくないと喚きちらす」
俺もそのフシはあったと思うが、竜の解釈では俺はその
「だが、貴様にはそれがなかった。それがどれだけ凄いことなのか当の本人は絶対わからない」
竜の言う通り俺はいまいちよくわかってない。
今まで数々の敵と対峙してきた。自分より屈強な存在なんて腐る程いたし、常に俺は命を奪われる側だったのかもしれない。
でも、俺はその奪う側にだって家族や大切な存在がいることを知っている。それを奪う側にはどうしてもなれなかっただけ。
人は俺を臆病だと言った。それを否定するつもりはないが、この一線だけはどうしても超えたくなかった。
「こう見えても何千年と生きてきてな。ワシは人間というものが心底嫌いなんだが、ゴシュジンのような奴に出くわしたのは過去二回しかなかった」
竜はガツガツムシャムシャ、ととてもうまそうに食べていた飯をそっと地面に置いた。
「いいかゴシュジンよ。常識を変えるのに必要なのは力じゃない。『革命』なんだ。革命というのは、常識とはかけ離れた存在がより良い未来を願って生まれるものだ。並みのものじゃない。選ばれたものにしか、それは絶対に起こせない」
熱を持って語ってくれるが、俺には正直ピンと来ていなかった。
あの時俺は確かに戦力外通告を受けた。それは少なくともあいつらにとって俺は不要だったってことだ。
それが選ばれしものなんて大層な椅子に腰かけられるのか。
「……残念だが、俺は只の妹好きだぞ。妹と不自由なく生きていければそれでいい。そこに誰かの血が流れる瞬間は必要ない。ただ、それだけだよ」
「それが、革命を起こすきっかけになるのだよ」
相変わらず熱がこもった眼で俺を見てくる。
『そうね、私も同じ意見だわ』
「うわっ」
「どうした?」
「いや、何でもない。気にしないでくれ」
あの時の声? やはり人の気配はないらしく、俺にしか聞こえていない様子。
『残念ながら、私の声はまだ貴方にしか聞こえないわ』
「ついに俺もおかしくなっちまったか」
「なんだそれは。まぁ、色々あったからな。不思議じゃない」
色々で片付けられるほど簡単な話じゃなかったんだが?
こちとら愛しのニアと今生の別れを覚悟していたのだが?
ちょっとふてくされていると、先ほどのクールな素振りから一転、鬼気迫る勢いでこちらへ急接近してきた。
「な、なんだよ」
「熱があるのか!? 体調が悪いのか!!?? それともワシが何かやったのか!!!???」
「はぁっ?」
「だって、すごく不機嫌になったように見えたぞ!!」
そういうことか。
お前、意外と気遣い屋さんかよ。
しかし、かつて敵だった奴に急にべたべたされると違和感しかない。この状況ですら付いていけてないのにこれ以上は気が狂うって。
申し訳ないが距離を取ろう。
「とりあえず、大丈夫だから。ちょっと離れてくれ」
「いいや、離れん!! ゴシュジンに何かあったらワシの覚悟が台無しになってしまう!! そうだ、竜の涙をやろう。一度飲めばスッキリ爽快。滋養強壮の効果もあるぞ!! どうだ!?」
「ちょ、大丈夫だから。本当に気持ちだけでうれしいから!! 一旦離れてくれ!!」
何とかひっぺがすと、竜はしゅんとした様子で引き下がっていった。
一体、何がしたかったんだ……
「ワシは、そんなに頼りないだろうか」
「は?」
「ワシは、ゴシュジンと決めた相手には一切の不自由ない生活をさせると心に誓っておる。それでゴシュジンのことを知ろうとしているのだがなかなかうまくいかないぞ。このままではワシの存在意義が無くなってしまう。うわああああああ、うわあああああああああ」
「落ち着け!! 落ち着け!! 悪かったから!!」
「うわあああああああん」
何なんだコイツ。いきなり泣き始めたぞ!! さっきから情緒がおかしすぎる!?
さっきから怒涛の展開が山のように押し寄せてくるせいで、心労が尋常じゃないんだが!?
とりあえず何とかなだめようと、餌付けやら声かけを繰り返す。うん、効果なし。あと、耳がキーンってなってうるさい。
とはいえ、放置するのも何か気が引けるしなあ。
……しょうがない。士気が落ちた時よくやってたアレをやるか。
これ、かなり恥ずかしいから正直やりたくないけど形振りかまってられない。暴れられたら今度こそ洒落にならんし。
「ちょっと、そこの竜さん」
「何だ」
「俺の名前はキール、アンタの名前、教えてくれるか。」
「……バハムート」
ん? ちょっと渋ったか?
「名前、聞かれるの嫌なのか?」
「こんな名前に何が誇りを持てようか。ワシは竜だというのに名付けられたのはたかが魚。恥さらしもいいとこだ」
どうやら竜の話によると、『バハムート』という名前は竜達の間で伝わるおとぎ話に出てくる魚とのこと。しかし、竜達は自分が竜であることに誇りを持つ種族なので、別種の名前を付けるのは前代未聞、決していい評判にはならなかった。結果、自分の名を名乗ることは殆どしてこなかったそうだ。
「俺はカッコイイと思うんだけどなあ」
「……本当か?」
「ああ、いいと思うぞ。まぁ、無理強いはしないけどさ」
何度も確認するようにちらちらと見てくる。なるほどね、本当は誰かに褒めてほしかったのかもしれない。
まあ、言葉だけじゃ信じられないことだってあるよな。
「……ゴシュジンが、もう少しだけ褒めるなら気を直してやらんでもない」
何で子分立候補のお前が偉そうなんだ。まあ、いいさ。折角こうして話せているのも何かの縁。
お安い御用ですよ。
「心得た」
スゥーっと大きく息を吸って。
「アンタが大将!! アンタが大将!!」
「この方を、誰と存じる。誰にも負けない空の覇者!! 心配りは器のデカさ!!」
「天下無双の竜の星!! バハムート様のお通りだぁ!!」
ワッショイワッショイ言いながら、何処かの部族がやるようなよくわからない踊りを竜の周りで披露し続ける。
呆気に取られて目が点になる竜。しかし俺の動きを目で追っていくうちに釘付けになっていった。そして
「いよっ、世界一ィイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!」
露骨すぎる太鼓持ち。
恥ずかしくてこの場を逃げ出したくなるが、なぜか権威大好き人間に大好評。
竜のメンツとかよく言ってた気がするから使えるのでは、と思ったけど……結果は?
ちらっと竜を見る。
「……ンフ」
滅 茶 苦 茶 ニ ッ コ リ し て や が る。
観察する俺に気づいた竜は慌てて平静を装うが、すぐ目じりが不自然に垂れていく。威厳もへったくれもない……ちょろすぎる。
かと思えば、すぐにブスっと不機嫌そうな顔に代わる。
ご機嫌ナナメに「寝る」と、一言言うとすっかり横になってしまった。
……自由すぎんか、こいつ。
しかし、ちょろくてよかった。この後何パートか続くが、全部言ってしまえば俺の精神が塵になってしまうところだった。
で、問題はこの竜なんだけど。
「こいつ、俺についていきたいのかな」
『愚問じゃなくて? 素知らぬ顔で出て行っても、地の果てまで追っかけてくるでしょうね』
「物騒なこと言わないでくれよ……」
そして当たり前のように俺の耳に居座らないでくれ。
正直、竜が元気になればもう出ていくつもりだった。見ず知らずの他人(竜)を巻き込みたくないからだ。
しかしあの様子を見るに、幻聴さんの言う通り竜はどこまでも追ってくる気がした。しかもこの竜、若干打たれ弱いと来た。もし俺が逃げ切れたとしても竜がヘラって暴れまわったらたまったもんじゃない。
このまま旅を続けるにしても最後の目的地――ヴェルズ城へ行くにも戦力不足すぎるし。背に腹は代えられない、といったところが正直な現状だ。
うんうんと唸りながら考え続ける、しかし結論だけはやっぱり変わらなかった。
よし、覚悟を決めた。
「しょうがない、連れて行くか」
『その意気よ、頑張りなさい』
見捨てられて竜に喰われた男と、意外と打たれ弱くて俺を喰った竜。そして幻聴。
文字にするとどう考えても狂ってるパーティが完成してしまった。
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