第2話 敵に塩の代わりに毒を送ろう
透き通る紫に変色した両腕からぽたぽたと液体が滴ると、ゆっくりと形が崩れ地面へと垂れ下がる。
俺の腕はどういうわけかドロドロの液体になってしまっていた。
「な、なんだよ。これ」
慌てて立ち上がろうとするも、急に視界がガクンと下がって前のめりに倒れてしまう。
ゴツゴツした地面とぶつかった痛みに悶絶しつつ、もぞもぞと足元を覗き見ると、そこには両腕と同じく液体になってくずれた二本の脚が。
お……俺の体、一体どうなってるんだ。
は、ははは。生き返ったかと思ったらびっくり人間になってら。
状況についていけず空笑いが込み上げると、同じく状況に付いていけない奴の叫び声が。
のたうち回る竜の腹回りはボロボロ。
何が起こったかもわからない様子で、突然の痛みにただただもがき苦しんでいる。
『体が……体が溶けていくぅ……貴様、一体何者だ!? ワシに何をしたァア!!』
知るか。俺だって何がなんだか。
手足だって水みたいに溶けてるし、こんなんどうしたら……
「えっ」
さっきまで粘度の強い水みたくなっていた俺の腕が、嘘みたいに元の姿を取り戻していた。
ちゃんと力も込められる。グーパーグーパーしても違和感はない。
恐る恐る両足も同じなのか試してみると、液化した部分がするすると人の足の形へ戻っていく。
全部嘘みたいに無傷になって。
ひと月前にあった魔王軍幹部との闘いによる左腕の傷も、先ほどガレキで潰れてしまった右足も同様だった。
「おいおいおい、マジかよ」
今度は体の一部を別の形へ変えるイメージをしてみた、例えば剣とか。
すると、右腕は鋭利な剣に変化。地べたに転がってる俺の剣よりも、ずっと切れ味が鋭い仕上がり具合。
試し切りで道端に転がっている石へ振り下ろしてみた。
あっさり、何の抵抗もなくすっぱりと両断してしまう。いよいよどうなってんだ俺の体。
それからも頭で思い描いたイメージと連動して、体は想像したものと同じ形へ変化。
人にもなれるし、水にもなれた。思いつく限り、自由自在。
竜に喰われた俺の体は、どんな形にでも変形する水性の生物に変わってしまっていた。
『――
「うわっ!?」
耳元へ届いた声、思わず振り返える。誰もいない。
……俺、頭までおかしくなったか?
『キール・シュナイダー、これこそが貴方の真の姿』
女の声か? それくらいは判断できたが、あまりに無機質すぎてとても人の声とは思えない。
勿論、過去に聞いたこともない声だ。それなのに、どうやら俺のことを知っているらしかった。
「俺の名前……なぜ知っている?」
『そうね、応える分には構わないわ。でも、アナタは他にやるべきことがあるようね。キール、今すべきことは?』
「今すべきこと……竜!」
竜の様子は……かなり弱っている。
その場に横たわり、立つことすらできていない。先ほどの圧力が幻のように息も絶え絶えの様子だった。
今なら倒せる。
目の前にいるのはゆっくりと訪れる死を待つだけの
『……こんなものに出会ってしまうとは』
愚痴を垂れるソイツに威厳なんてモノは残っていない。
弱肉強食という絶対法則は、弱者からあらゆるものを奪い去っていく。
「俺も、竜に出会うなんて生涯ないと思っていた」
巨大な竜だなんておとぎ話に出てくるような存在に出くわしたどころか、ソイツに喰われて、さらにはこうして生きている。
夢でも見てるのか、俺は。
地に足が付かないフワフワした感覚で頭がいっぱいだった。
しかし、状況はさらに俺の常識からズレていく。
『ワシの負けだ。ひと思いに殺れ』
なんと竜が降伏し始めたのだ。
「え? 何故?」
『敗者は死あるのみ。弱肉強食であるこの世界での絶対ルール』
先ほどの威勢は完全に消え失せ、そこに居るのは、今やただ死を待つ
生きることを既に諦めている様子だった。
だが、俺にはコイツを殺すつもりなんてカケラもない。
とっとと居なくなって安全な場所でお休みしたい。ただただ助かりたい、それ位しか考えられん。
「無益な殺生をする気はない」
『ワシに情けをかけるつもりか? 先ほどまでは生きることすら諦めていた分際で、力を持った途端強く出たな。随分と
馬鹿にしたように笑う竜。
だが、一向に目を背けない俺を見ると、何も言わず黙りこくってしまった。
「そんなものどうだっていい」
『見栄を張るのはよせ、人間よ。ここまでの道中、人間ごときが命を取捨選択だなんて出来るわけがない。貴様はあらゆる汚い手を尽くしてようやくここに立っているはずだ。ここにいること、それが貴様の言う事が建前でしかないという証明になる』
「勝手に分かったつもりかよ。力関係が逆転したら今度はへらず口か。忙しいなお前」
『ええい、さっさと殺せ!! 貴様に殺された所で、ワシの魂までは汚させはしないぞ!』
こりゃてこでも動かなさそうだ。
このまま見殺しにしたっていいのかもしれないが、生憎俺は竜の言う通り非常に余裕がある。
なら、やる事は一つ。
なあ、そこの……名前が分からんからとりあえず幻聴さん。ちょっと相談いいか?
『この私を幻聴……今はやめにしましょう。
「助かる」
俺は一通り幻聴さんに事情を説明した。
「できそう?」
『問題ないわ。
「不可能はない、ってことだな。了解」
大どんでん返しがおきまくって、地に足をつけられているかすらわからない。
実はこれは夢で、本当は喰われているのかもしれない。
でも。
もし、これが奇跡的に現実であるなら。
まだ夢を叶える余地があるなら。
好きなだけやらせてもらうぞ。
「いくぞ、そこの竜。俺が嘘つきじゃないってことを証明してやる」
再現するのは、敵を飲み込む毒の津波。全てを癒す回復の薬ーー
「
技名を唱えると、俺の体から青紫色のでろっとした液体が大量に飛び出し、巨大な波となって弱り切った竜へ接近。そのまま竜を飲み込んだ。
残された力で竜はもがこうとするが、成すすべもなくついに波に全て飲み込まれてしまった。
一定の静寂の後、波はゆっくりと引いていき、竜の姿が露わになる。
ボロボロに破れた腹の皮膚はみるみる回復。
何が起きているのか理解できず、あたふたした様子で竜は自分の姿を確かめ始めた。
『いったい、どういう事だ!?』
「毒っていうのはスゲーんだ。使い方によっては粉末ひとつまみで人を殺せるし、その反面ちゃんと用法を守れば傷を癒す薬となる」
そのまま腹の傷が塞がっていき、竜は全快。
先ほどの重傷が嘘のように元通りになってしまった。
こんな回復量のあるスキルは見たことがない。
回復において右に出るものはいない
「お前の傷を『治した』。どうだ、嘘じゃなかっただろ?」
してやったりの顔を見せると、竜は声を震わせて訪ねた。
『貴様、一体何者だ?』
俺の名前? そうだな、俺の名は。
「キール・シュナイダー。愛すべき家族のため、誰よりも平和を願う男さ」
キール・シュナイダー。
それは
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