第一章 竜に喰われてやり直し

第1話 悲報。俺氏、お荷物認定

 子供の頃、ヒーローになりたかった。

 大事な人を守る為に。自分がわらっていられるように。


 そんな夢を叶えるために、俺はここまできた。


 わ け な ん で す が。


 竜ってとてもデカいですね。

 俺の身長は170センチメートルだけど、そいつはその10倍くらいはありそう。茫然自失で見上げると、お相手は蛇みたいに瞳孔ガン開きでこちらを睨みつけてくる。


 風穴の最深部で、竜とお見合い。洒落しゃれてるねぇ。


 目の前の竜は筋肉質で、無駄な脂肪が一切見当たらない。赤いウロコだってもうパンパンで、鉄かってくらい俺の剣をはじいて来る。背中についた悪魔みたいな翼は、天井から落ちてくる岩をはねのける位バリカタ。

 なんかもう全てが段違い。


 知ってるか? 俺、無能力者だぞ。四つん這いでデカい図体を支えるお前の太い足なら、俺ごとき簡単にプレスできるんだぞ。

 しかし、当の本人は何もしてこない。あくまで待ちは崩さないらしい、ちくしょうめ。


 もう投げやりな俺に気づいていないのか、はたまた気づかないフリをしているのか。奴はここぞとばかりに極刑を言い渡してきた。


『最後に言いたいことはあるか?』


 このまま帰してくれ。喉元まで差し掛かったが、それはやめた。

 叶うわけないもの。


 雑魚の俺にマウントを取ってくる竜は、ニヤニヤしながら大きな口をぐわっと開けて待ち構えている。いつでも食べれるぞって感じだ。

 ふむ。


 投了。バンザイ、降伏宣言。

 ――しようにも、脱臼したのか腕すら上がらん。

 出来るのはせいぜい痛みで顔面くしゃくしゃにするくらい。ちなみに、お前が暴れて岩が落ちてきたせいで右脚が潰れたぞ。

 立てないんですけど。これでどうしろってんだ。


 愛しの妹との約束、死んだ父さん母さんへの誓い、自分の夢。

 いろいろやり残しているけど、さすがに諦めるしかない。


 あーあ、仲間らしかった奴らも俺を置いて先に行ったし。


 これでも俺、無能力者なりに世界平和の為頑張ったんだ。

 紛争が起きて、逃げ遅れた人達を全員救助したり。嵐の時もしかり、洪水で流されそうになった村からみんな避難させたり。

 はたまた、パーティ全員がボロボロに追い込まれて、敵兵に囲まれた所を機転で乗り切ったり。


 とにかく、無能力者にしてはかなり良い成果を上げて来たつもりだったの。


 でも、才能ってやつは恐ろしいねぇ。究極技術アルティメット・スキル持ちの奴らにはとうとう敵わなかった。


 そもそも究極技術アルティメット・スキルって、統計上10万人に一人しか現れないらしいし、手に入れた奴の殆どが歴史に名を残してるんだよ。

 16歳になった俺達は、そりゃあルンルンでスキル鑑定をしてもらったさ。


 するとどうだ、持ってたんだよ、究極技術アルティメット・スキル。それも俺以外の全員。

 これ、もはやイジメだろ。

 

 あれよあれよと元仲間は武功を挙げていき、気づけばSランクパーティとかいう大偉業達成。冒険者ギルドの中でも最強クラスと位置づけされる面々に成り上がった。

 一方俺はそこそこの結果は出せても、最後まで無能力者という烙印が世間様から消えなかった。


 でも、そこからだろうな。流れが変わったのは。

 ちょうど1年前、才能って壁に打ちひしがれて、旅なんてやめてしまおうかと思った時だった。


『この世界から悲しみを無くそう』


 今日みたいに、傷ひとつない真っ白な鎧を身に付けたアイツから手を差し伸べられたんだ。


 心底カッコ良かった。


 このリーダー、強いうえに人格者だからもう敵わないなって思ってたんだよ。

 一生ついていきますとか、こいつになら抱かれてもいいとか、そんなアホみたいなことを考えながら勢いにのった。

 こいつらと一緒なら、いつか争いが無くなると信じてここまできた。

 

 現実は厳しいね。


『さあ、ここを通りたければ生け贄を捧げろ』

 

 竜がそう言った途端、向き合っていた俺は誰かに突き飛ばされました。

 訳が分からず後ろを向くと、犯人は敵わないと思った人で、ついで残りの2名がニヤニヤと人を小馬鹿にしてこっちを見ていました。

 その瞬間、悟ったんです。ああ、俺は生け贄かと。

 

 そしてトドメに言われた言葉がこちら。


『お荷物なんだよ、キールは。ここから先は選ばれた人間だけで十分。

 だからこれでお別れ、バイバイ』


 オーバーキルでアランの両腕に抱き着く2人の女の姿。オプションでその3人がさげすむ顔も追加。

 

 これ、俺の幼馴染、兼婚約者が言ったんだぜ。どうなってんの俺の人生。


 究極技術アルティメット・スキルとかいうおめでとうギフトを手に入れたせい? はたまた、道行く人に回復術士として崇められまくって天狗になったせい?


 真っ白なローブと目にやさしい緑色の髪から、癒しの回復術士って言われたあなたはどこへいったんですか。

 子供の頃、人見知りが過ぎて俺の横ほいほいついて来たあなたはどこへいったんですか。カトレアさん、冗談キツいですよ。マジで。


 剣士、回復術士、くせっ毛ロングヘアーをとんがり帽子で押さえ付けた女黒魔導士のミリスは、大層人をバカにしくさって外への出口へ向かう。

 さらには事件の発端になった口約束を、ご丁寧にも竜は守る始末。


 なんと、三人はしっかり無傷でここから出ていってしまった。


 残された俺は、剣一本で何十人束になっても敵わないとお噂の竜と戦うハメに。

 結果、もう身に付けた防具はボロボロに。手持ちの剣は柄から折れて、なまくらに。剣先は横に転がっていて……


 ここで回想は終わり。

 過去に浸る余裕は無くなったらしい。

 

 なぜなら、もう竜の縦に大きく開いた口が目の前に迫っているからだ。

 つぶやいた「ちくしょう」を最後に、その時はやってくる。


 竜の口は息つく間もなく、俺を覆いつくし――


 バクン。


『フウ、人間というのはやはりマズいな。餌の代わりにもならん』


 

 竜はのそのそと洞窟の奥へと消えていく。

 冒険者の旅というのはこういった裏切りも往々にして存在する。

 それでも大義の為、人の為、利益の為。色々な理由でその先にある栄光を目指す。

 勿論、その過程で死んでいったものは、何も残らず歴史の闇へと消える。


 大志を抱いた彼も例外ではなく、道半ばで息絶えた。


 キール・シュナイダーの旅は終わった。

 あっけない最期だった。


『……何だ?』


 はずだった。


 

 どこからともなく、等間隔の音色が響き渡る。

 竜がそれを鐘の音だと気づくのに、そう時間はかからなかった。



 ――うるさい。耳元でガンゴン鳴らすなよ。耳が爆発するだろ。

 

『……何処から鳴っている。一体誰が――ッ!?』


 ――それにしても身動きが取れない、体が燃えるように熱い。俺、死んだのか?


『焼ける、体が焼けるッ、体が熱ィィイイイイイイイイイイイイイ!』

 

 ――ちょっと待て。なんで、意識があるんだ?


『ワシに何をしたァァアアアアアアアアアアアアアアアア!?』


 ――知るかよ。俺だって何が起きているのかわからない。

 

 そう、消えたはずの俺の目に映るのは。


 腹が竜と、水みたくドロドロに溶けた俺の両手だった。

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