俺氏、覚悟を決める。後編

 俺は、期待していた。


 スゲー力に目覚めて、強敵を倒し、困っている人を助けて、ニアが安心できる世の中を創る。

 そんな世界でニアが大人になって、偶に会って『元気してるか』ってやりとりして。

 色んな苦難はありつつ、最後にはお涙頂戴の大団円な人生で終わるんじゃないかって。


 その夢は、たった一つの申告で無に消えた。


 無能力者。

 ハッシュ村を出て頑張るぞって息巻いてギルド、ターミナミア支部の門を叩き、その入団テストで俺に下された診断結果。

 それは冒険者を目指す者にとって死刑宣告に等しい。


 冒険者という実力第一の職業で、無能力者が生き残るのはほぼ不可能。

 炎を宿したり、雷を操るような異能――スキルが要求されるこの世界で、生身で敵と戦うなんて無謀もいいとこ。戦力にすらならず即刻さよなら。

 当然、俺も例外じゃなかった。


 ニアや村の人達に『争い、無くしてくる』とかカッコつけた癖して、スタートラインにすら立ててない。クソみたいな自分に心底絶望した。

 とはいえ、諦められる訳もない。

 

 考えた、何か他に道はないか。例えば勇者育成と派遣を定期的に行っている国に移住とか。

 淡い希望とちょっとした好奇心で、ギルドでたむろしてた冒険者達に尋ねてみたんだ。


 メッタクソ馬鹿にされた。

 どうやら勇者って奴はその国のエリートと呼ばれる一握りしか採用されず、そもそも余程の金を積まないとなる事は出来ないらしい。

 

 じゃあ、どこかの騎士団に行くと言ってみた。

 権力を持った貴族、もしくは何かしらの武功で名を馳せたお家位しか入れない、とやんわり否定される。


 焦る気持ちを静めるように他にも聞いて回ったけど、口を揃えて言われたのは『無能と貧乏には無理。お前は天地がひっくり返っても無理』。


 もう、全部ぶっ壊してやりたかった。

 弱い奴は選択肢すら与えられない。これが現実だなんて嘘だと言ってほしかった。

 

 結局、負け犬の遠吠えを誤魔化すように日雇いの仕事を入れまくる日々。その傍らで目撃した、入団テストに合格した奴らの胴上げ姿。

 

 クソくらえって心の中で中指を立て、いつか俺も。と、蜘蛛の糸よりも薄い希望を頼りに、その日暮らしをやり過ごす。


 何かないか、俺みたいな奴でもやっていける何かが。

 そう思いながら過ごして、ほんの僅かかすかな希望に薄い光が差した。


 ひねり出したのは戦略と戦術。あとは人当たりと雑学。

 戦術があれば自分の仕事が楽に終わる。戦略があれば仲間の仕事が楽に終わる。人当たりが良ければ敵も減る。

 我ながらしょうもないアイデアだ。けど、無能力者が出来る事なんて小手先くらいしかない。


 やってやる。

 淡い光だろうが、光らせればいいんだ。


 諦めの悪い無能力者という悪評が広まる中、自分磨きに勤しむ。


 そうしていると、神様って奴がほんの少し手を差し出してくれた。

 再度を受けたテストで特訓した内容が上手く刺さり、冒険者になることができたんだ。


 滅茶苦茶嬉しかった。

 生まれて初めて、自分で何か傷跡を付けられた気がした。


 イレギュラーだったのは、幼馴染のカトレアも付いて来た事。

 

 若葉のような緑髪を腰まで伸ばし、親から譲ってもらった茶色のローブを普段着にする彼女は優しい性格の持ち主だが、人と喋るのも苦手で常に誰かの後ろに隠れてコソコソする小心者である。前髪で目元まで隠しているのも、人と目を合わせたくないからという筋金入り。


 流石に無茶だと引き留めた。

 が、ハッシュ村を出る当日。絶対に逃さん、と村の出口で張り込みまでして待機してやがった。

 

『絶対逃がさない』って言われた時は、正直震えた。

 あまりの狂気に、下手こくと殺されるんじゃないかって。

 けど、顔見知りが居るのは存外心の支えになるようで、俺はいつしか、そんなカトレアに惹かれ始めていたんだ。


 カトレアは凄い才能を秘めていた。

 回復術士として最高峰のスキルを持っていた彼女は、いつの間にか冒険者ギルド全体で10本の指に収まる位優秀な回復術師にまで成長。

 あっという間に羨望の眼差しを受ける雲の上の存在になってしまった。


 いつか離れていくんだろうな。

 そう覚悟した時、旅の途中『この旅が終わったらキールのお嫁さんになる』と告白される。

 夢みたいだった。こんな幸せでいいんだろうか。


 俺は誓った。

 絶対にカトレアを幸せにする。こんな世の中だけど、不幸なんて忘れるくらいに。


 幸福はこれだけでは終わらなかった。

 丁度冒険者になったタイミングで仲間になったアランとミリスの優秀ぶりだ。

 カトレアに引けを取らない才能と高火力で敵をなぎ倒し、あらゆる困難を打破して来た。

 

 こんなチャンス二度と無い。

 戦力としては十分すぎるし、パーティバランスも完璧。

 

 前衛を張り、大剣で強敵を薙ぎ払う。リーダーシップも兼ね備えた赤髪の剣士アラン。

 ウェーブがかった茶髪に黒いとんがり帽子を被る後衛の要、黒魔道士ミリス。

 そして、回復スキルにおいて冒険者最高峰のカトレア。隙が無いにも程がある。


 俺はおまけ。足引っ張らないようにゴマ擦ったり、面倒事を避ける手助け位。後は可能な限り人助け。

 ……言ってて悲しくなるな。

 自分の名誉のために言い訳すると、かつて窮地に瀕した仲間たちを救った位。


 後はまあ、うん。お察し。

 

 かくして俺達四人――命名アマテラスは結成され、数々の苦境を経て名声と共にようやくここまで辿り着いたんだ。


 天才に紛れる無能。

 居させてもらってるだけ感謝しろ。

 ご最もだ。一人でここまで来れる訳がない。そんな事は俺が一番わかってる。


 だから、このラストチャンス。絶対無駄にしない。


 戦闘力は皆無、出来る事はサポートのみ。

 実績はある。窮地だって救って来た。

 やってやるさ。だって俺は――


「お兄ちゃんだからな」


 遅ればせながら覚悟を決めた俺は、三人の後を追うように眠りについた。


 翌朝。

 空は晴天、敵は皆無。決戦の日にしては随分と穏やかな朝だった。


 一つ懸念があるとすれば、一年程前にアランとカトレアが装備を新調して以来、体調が悪いと軽く愚痴をこぼすことがあった位か。最近になってピタリと止んだから心配もやめたけど。

 って、いかん。どうでも良い事すら心配事になってる。


「行くぞ」


 アランの力強い音頭に、俺を含めた三人が応える。

 ……杞憂だな。それに二人は俺に比べてずっと優秀だ。まずは自分の身を心配しよう。


 それぞれの思いを胸に、俺達は魔境へと足を踏み入れた。



 引き返す最期のチャンスとも知らずに。

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