侵食 その1

「俺が見ていた夢は、実は俺の夢じゃなくて、誰かが見ている夢なんだって」

「誰かって」と美里が聞くと太鳳は「さあ、知らない」と嘘か本当か、話を続ける。


「その誰かさんの夢と現実は互いに浸食しあってて、去年の十二月から少しずつ、俺の意志とは関係なく、俺はその夢を浸食していたらしい。他人の夢に俺やご近所が現れたのは、それがつまり『浸食』なんだと。俺の目の前に現れた白い騎士は夢の守護者で、町を破壊して浸食をくい止めてる。そのついでに俺も殺された」


「でも、あなたは生きてるじゃない」

「一度は本当に死んだ。でも生き返らされた。身体に、そいつらの血を入れられて」

 太鳳は左腕を擦った。


「俺がさっき変身してみせたのはそのせい。人間が変身するとなぜか黒くなる。白い騎士が夢の守護者なら、黒い騎士は現実の守護者。夢の浸食を防ぐための組織。そこに今俺はいる」


 賢二が聞く。

「夢が現実を侵食するとどうなるんだい」

「知らない。浸食されないようにこれまで未然に防いできたらしいから」

「どうやって夢の浸食を防いでるの」

「白い騎士を殺して」

 賢二と美里は息を呑んだ。


「言っておくけど人間じゃないよ。中身、青い光が詰まってるだけだし」

「殺すって、どうやって」

「剣とか、槍とか、弓で」


「つまり、タオがその黒い騎士になって白い騎士と戦っているのか」

「俺は、まだ。殴り合いの喧嘩だってした事もないのに、俺が出てった所でまた首を刎ねられに行くようなもんだし。今は力の使い方と、戦い方を教わってる」

「今直ぐやめなさい、そんな事」

 美里が怒気を孕ませた声で言った。


「子供に殺し合いをさせるなんてどうかしてる」

 声を荒げる美里をどこか冷ややかな眼差しで太鳳は見ていた。


「その『先生』とかいう人に会わせてちょうだい」

「何で」

「あなたをその組織から解放するよう掛け合うためよ」

「無理だよ」

「どうして」


 太鳳が手を開くと靄が発生し鍵が現れた。

「この鍵で眠らなくても現実と夢を行き来できる。開閉という概念があるものなら何でもいい。鍵穴があってもなくても壁面に差して回せば、その向こうは夢の世界。さっき見せた石造りの部屋に繋がってる。あそこは安全なんだ」


 太鳳は溜め息を吐いた。

「もう一か月で眠ってない。眠ったら誰かさんの夢の中だから。そこでまた俺は白い騎士に襲われて今度こそ本当に死ぬかもしれない。だからこの鍵を使って向こうの部屋で眠ってる。夢の中で眠れば、自分の夢が見れるから」

 手を離すと鍵は靄となって消えた。


「鍵は組織がくれた。やめようとしたらきっと取り上げれる。そしたらもう、二度と安心して眠る事ができなくなる」

 それに、と太鳳は言う。

「俺と同い年の女がいるんだ。そいつは何年も前から夢の中で戦ってる。そいつだけじゃない。俺より年下で、俺より年上の十代の子供が他にもいる。皆、逃げ出さず命を懸けて戦ってるのに、俺だけ逃げ出すなんて、そんな事、できる訳」


 太鳳の声がどんどん萎んでいく。美里も賢二も言葉にならなかった。

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