エイプリルフール その4

 翌日も、翌々日もあの現実のような夢を見る事はなかった。

 そのうち、そんな夢を見た事さえ忘れてしまっていたのだが、翌年の二月に再び見る事になる。


 今度は気付いたら学校近くの通学路にいた。

 服装は制服ではなく寝巻姿のままでしかも裸足だった。

 ポケットを探ってみたがスマートフォンは持ってなかった。

 空は曇っているが昼間のように明るい。


 取り敢えずまた自宅の方へ向かった。

 寒い。

 寝巻程度では二月の空気の冷たさに耐えられない。

 腕で身体を抱き、歯をがちがち言わせながら歩いた。

 足裏が痛い。つま先がかじかむ。

 耳鳴りがするくらい町は静かで人の気配がなかった。


 自宅に着いた。

 やはり美里と賢二の姿はない。

 風呂場へ直行し、桶にお湯を注ぎ、真っ赤になった足を突っ込んで温めた。

 その後、着替えるため自室へ向かった。


 ドアを開けると家内全体が急に暗くなった。

 これはまさか。

 自室のデジタル時計を見ると四時十三分と表示されている。

 カーテンを開けると外も暗闇の中だった。

 ふとバイクのエンジン音がした。

 下を覗くと新聞配達員が朝刊をポストに入れている最中だった。


 またいつの間にか夢から覚めていた。


 それからというものこの現実のような夢を頻繁に見るようになった。

 何度も見ていくうちにこの奇怪な夢への恐怖心が薄れ、むしろ好奇心が湧いてきた。そして調べて分かった事がいくつかある。


 眠りに就くとまず自宅からおよそ五百メートル圏内の屋外のどこかに突っ立っているところから夢が始まる事。

 服装は自分が所持している服のいずれかを着ている事。

 町には太鳳以外の生物がいない事。人だけでなく、犬、猫、鳥、虫さえいない。

 電気とガスは使える事。でも電波は繋がらない事。

 時間の流れは現実と同じだが空はいつも昼間のように明るく雨も雪も降らない事。

 そして自宅の自室のドアを開けると夢から覚める事。


 ドアを開けると目覚めるというのもおかしな話だし、目覚めた感覚も一切ないが、とにかく眠りに就く事が引き鉄となっているのだから、これは夢なんだと仮定した。


 どうせ夢なんだ、現実ではできない事をしてやろうと民家に忍び込んだ事もあった。

 しかし夢の中に法律なんてないのに自制と理性が働いてしまい、沸々と湧いてくる罪悪感が太鳳を直ぐに退散させた。


 仕方ないと自宅に戻り、何をしようかと思案したら、できる事が現実とそう変わりない事に気付いた。

 空を飛べる訳でもないし怪獣が出てくる訳でもない。この夢の登場人物は太鳳一人だけ。

 そう思うと空虚で寂しい夢だった。

 一体いつまでこんな夢を見続けるのだろう。

 いつかは解放される時がくるのだろうか。

 漠然とした不安を抱えながらこのおかしな夢に囚われ続け、いつしか毎日同じ夢を見るようになった。


 そして忘れもしない四月一日、エイプリルフール。

 これが全て噓だったらと今でも思う。


 眠りに就き、気が付くと夢の町が崩壊していた。

 建物は壊れ、道路に亀裂が走り、陥没している。

 まるで震災の跡だった。


 心臓が早鐘を打った。

 初めてこの夢を見た時よりもずっと大きな恐怖が身体中を巡った。

 なぜこんな事になっているのか分からないが、今、悪夢を見ている事だけは間違いなかった。


 急いで自宅へ戻った。

 一刻も早く夢から覚めたい。


 道が瓦礫で塞がれ、分断されて通れない所が幾つもあった。遠回りし、やっとの思いで家に辿り着くと、太鳳は膝から崩れ落ちそうになった。

 本来あった二階部分が壊れてなくなっていた。

 自室のドアがなければ夢から覚められない。


 青ざめ、放心状態で立ち尽くしていると物音がした。

 振り向くと瓦礫の山にそびえ立つ人影があった。

 純白の鎧を纏った騎士。その手には剣が握られていた。


 夢の中に太鳳以外の人がいた。人なのか。

 いや、そんな事より、夢の中で死んだらどうなるんだろう。

 そんな事を斬り飛ばされた首で呑気に考えていた。

 やがて視界が狭まり、意識が途絶えた。

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