エイプリルフール その3
太鳳はぽつぽつと話し始めた。
去年の十二月のクリスマスちょっと前、夢を見た。
気付いたら家の近所に独り突っ立ている。
冬の空気の冷たさやアスファルトの固さをはっきり感じ取れる程五感は冴えわたり、最初ここが夢なのか現実なのか分からなかった。
昨夜二十二時過ぎに布団に入ったのは覚えている。
寝巻だったのが制服姿に変わっている事から夢とみて間違いない、と思う。
ポケットに重みを感じて手を突っ込むとスマートフォンが入っていた。
画面には五時と表示されているが空は昼間のように明るかった。
少し歩いて気付いた。人の気配がない。
自宅に戻っても美里と賢二の姿はなかった。
テレビを点けてみても画面は映らない。
スマートフォンのネットも繋がらなかった。
段々と怖くなってきた。
稀に見る悪夢のように化物に襲われたり理不尽な事が起きている訳ではないが、明らかに今まで見てきた夢とは一線を画している。
ここまで意識がはっきりしている夢を見るのは初めてだった。
二階の自室へ向かった。
ドアを開けると室内は真っ暗で朝方のように冷え込んでいた。
はっとして振り返ると家内全体がいつの間にか薄暗くなっていた。
窓のカーテンを開けると外も真っ暗で東の空が微かに明るい。
場面が変わった。
いや、何か、夢によくある突拍子もない場面転換とは違う気がする。
ふと向かいの家の窓から明かりが灯されているのに気付いた。
まさか。
部屋を出て階段下を覗くとダイニングのキッチン側から淡い光が漏れている。
階段を下りるとキッチンに立つ美里の姿がそこにあった。
「あら、おはよう。今日は早いのね」
「……あなた、現実のお母さんですか」
「は?」
リモコンに手を伸ばした。
さっきまで何も映らなかったテレビが朝の情報番組を流している。スマートフォンのネットも繋がった。
太鳳は混乱した。もしかしてこれは現実なのか。いつの間に夢から覚めたのだ。
「タオ、どうしたの」
何て言えばいい。ありのまま起こった事を話しても信じてもらえる自信がない。
自分の頭がおかしくなったと思われるかもしれないし、もし本当にそうだとしたらそれを認めるのが怖かった。
そもそも目の前にいる人が現実の母親なのかどうかもまだ疑わしかった。
結局絞り出した答えは「何でもない」だった。
美里はその返事に納得した様子ではなかったが追及してくる事はなかった。
そのうち賢二も下りてきて、変に思われない程度に盗み見た。
出された朝食をよく噛み味わった。
目の前の父親も口の中の食物も現実のものとしか思えなかった。
外に出ると老夫婦とすれ違った。
さらに通学路を歩いていくうちに同じ学校の制服を着た学生達がぽつぽつと見え始めた。
学校に着き、教室に入るといつもの喧騒が繰り広げられていた。
ここは現実なのだろうか。
最初は疑心暗鬼になりながら授業を受けていたいが、そのうち頭の片隅に追いやるくらいには気にならなくなっていた。
その日の夜に見た夢はいつもと変わらぬぼやけたものだった。
目覚めた時には夢の内容も殆ど忘れていた。
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