エイプリルフール その2

 それからひと月が経った頃、夜の二十一時。

 太鳳の部屋のドアの隙間から光が漏れてない事に気付いた。

 もう寝てしまったのだろうか。

 以前は二十二時過ぎに就寝していたのに、今では早い時には二十時に部屋の明かりが消えている時もあった。


 美里はそっとドアを開けた。

 ベッドに目を凝らし、はっとして部屋の明かりを点けた。

 太鳳がいない。

 ベッドの下、クローゼットの中、どこにもいなかった。


 賢二と二人で家の中を隈なく捜した。だがいない。一体どこへ消えた。

 美里は太鳳の部屋に入る前はずっと一階のダイニングにいた。

 階段から降りてきた気配もなかった。

 玄関には太鳳の靴が置いてある。

 ドアの鍵も掛かっている。

 玄関から外へ出たとは考えにくい。

 ならば二階の窓からロープのような物を使って外へ出たという事か。


 いや、今はそんな事に考えを巡らせるより太鳳の行方を捜す方が先だ。

 美里が家を飛び出そうとして賢二に腕を掴まれた。

「ミサトちゃん、落ち着きなさい」


 おそらく太鳳が夜に家を抜け出したのは今日が初めてではない。

 就寝時間が早くなってから何度も抜け出していると見て間違いない。

 どうやって外へ出たのかは分からないが待っていれば必ず戻ってくる。

 そして今度こそ太鳳が何を隠しているのか聴き出してやろう。

 そんな事を賢二に言われ、美里はいくらか冷静さを取り戻し、頷いた。


 それから二人は太鳳の部屋の前に座ってひたすら帰りを待ち続けた。

 一時を回った頃、後ろのドアから開閉する音が聞こえた。

 しかし振り向いてもドアは開いていない。


 部屋から物音がする。美里と賢二は顔を見合わせ、ドアを勢いよく開けた。

 明かりを点けると驚き固まる太鳳の姿があった。

 美里は窓辺に向かいカーテンを開けた。

 窓は鍵が掛かっている。

 解錠し窓を開けてもロープのような物はどこにも吊るされていなかった。


 下のダイニングへ太鳳を連行し、美里と賢二はテーブルを挟んで太鳳と向かい合った。


 どこへ行っていたの。何を隠しているの。

 いくら問い質しても前と同じく太鳳は黙秘を貫いた。

 刻々と時間だけが過ぎていく。

 暫しの沈黙の後、賢二が「分かった」と重々しく口を開いた。

「タオが話してくれるまで俺は会社にいかない。無断欠勤だ。電話が掛かってきても全部無視する」

「……は」

「あーあ、俺はきっとクビになるだろうなあ。家のローンがまだ二十七年も残ってるのに。家も車も全て売り払う事になるだろうなあ。そしたら三人で楽しい楽しいホームレス生活の始まりだなぁっ!?」

「……は?」

「私もタオが話してくれるまで一切の家事をしない。洗濯も風呂掃除もご飯も作らない。ホームレスになる前に家族全員飢え死にだわっ!」


 賢二も美里もふんぞり返った。態度悪っ。

 太鳳は開いた口が塞がらない。

 ずっと能面だった顔にようやく表情が出てきた。

 苦渋に満ちた顔で黙り込み、やがて小さく息を吐いた。

 椅子から立ち上がり、ちらりと二人を見やった。


 その瞬間、太鳳の全身が靄に包まれた。それは次第に鎧へと変貌し、黒い騎士となって姿を現した。

 美里と賢二は驚き椅子から跳ねるように立ち上がった。

 騎士が兜を外そうとすると、鎧は靄になって消え、元の太鳳の姿に戻った。


 驚き固まる二人を差し置いて今度は右の掌を差し出した。

 すると掌にまた靄が発生し、次第にそれは鍵へと変貌していった。

 その鍵を和室と繋ぐ引き戸の壁面に押し込むと抵抗なく沈んでいき、左に回し、戸を開けるとその奥にあったはずの和室が石造りの古びた部屋に変わっていた。


 人間あまりにも衝撃的なものを目の当たりにすると脳が受け付けないのだとこの時知った。

 美里と賢二はぽかんと口を開け、ただただ呆然と眺めるばかりだった。

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