エイプリルフール その1

 五年前の十二月、クリスマスちょっと前、太鳳が中学一年生の時だ。


 朝の五時半過ぎ、美里が朝食の準備をしていると太鳳が二階から下りてきた。

 珍しい、いつもは六時過ぎに起きてくるのに。


「おはよう、今日は早いじゃない」

 なぜか太鳳は目を丸くして美里を見てくる。

「……あなた、現実のお母さんですか」

「は?」


 太鳳はテレビを点け、チャンネルを次々と切り替えていく。

「タオ、どうしたの」

 何か様子がおかしい。

 太鳳は口を開けても中々言葉が出てこないようで、ようやく出てきた言葉は「何でもない」だった。


 体調不良という訳ではないらしい。

 出された朝食はちゃんと食べたし、いつも以上によく噛んで味わって食べていたのが印象的だった。


 その日の夕方、学校から帰って来た太鳳はいつもの調子に戻っていた。

 朝の異変は何だったのだろう。

 その時はそれが全ての始まりだったとは知らず、その後の太鳳の様子に変化は見られなかったので杞憂だったと自分を納得させた。


 翌年の四月、朝食の準備をしていると太鳳が二階から下りてきた。

 見ていると左腕を擦っている事に気付いた。

「左腕が痛いの?」

「や、別に」

 指摘されると太鳳は擦るのをやめた。

 表情が硬い。


 さらに次の日の朝、なかなか太鳳が下りてこない。

 寝坊だろうか、そろそろ起きてこないと学校に遅れてしまう。

 様子を見に二階の太鳳の部屋へ向かった。

 ドアを開けるとベッドの縁に座る太鳳の姿があった。


「起きてるじゃない。どうして下りてこないの、遅刻するわよ」

 太鳳は無言で美里をちらりと見やり重そうに腰を上げた。

 何か様子がおかしい。

 ふと去年の十二月の朝の太鳳を思い出した。あの時はその日限りの異変だったが、今度は日が経つにつれそれが顕著になっていった。


 口数が少なくなり、表情も暗い。自室に籠る事が多くなった。

 それを太鳳に聞いてみても「別に」とか「何でもない」としか言わなかった。


 悩みを抱えている、それとも反抗期に差し掛かり親の接触を拒んでいるだけなのか。

 美里は賢二と相談し、もう少し様子を見ようと決めた。


 そんなある日、太鳳の担任から学校に呼び出された。

 太鳳は病気を患っているのかと訊かれ、そんな事はないと答えると、ではなぜ最近、欠席や早退を繰り返しているのかと再度訊かれた。

 意味が分からなかった。早退をしているなんて初耳だし、欠席など太鳳が中学校に上がってからまだ一度もしてない。

 しかし担任が言うには、太鳳本人から具合が悪いので休むと最近になってちょくちょく連絡が来るようになったそうだ。


 その日の夜、賢二と二人で太鳳を問い質した。

 欠席の事、早退の事、本当なのかと訊くと、太鳳は素直に認め、謝った。だが学校を休んでどこへ行っているのか、一体何を隠しているのか、頑としてその理由だけは語ろうとしなかった。

 厳しい口調で問い詰めても太鳳は黙秘を貫いた。

 美里と賢二は根負けし、その時は何も聴き出せずに終わった。

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