ボーイミーツガール その3

 人の気配がして目を開けると、血まみれの太鳳が目の前に立っていた。

 上から下までもれなく真っ赤に染まっている。

 明は驚きのあまり声が出せない。

 太鳳はバツの悪そうに顔を背け、苦しそうに唾を飲み込み、掠れた声で言った。

「わりいんだけどさ、肩貸してくんない」


 明は太鳳を左から支え言われるがまま歩いた。

 苦しそうな息遣いが隣から漏れてくる。

 小さな公園に入り、太鳳をベンチにゆっくり座らせた。


「ねぇ、本当に大丈夫なの。救急車呼ばなくていいの」

「いい、大丈夫」

「でもこのままじゃ死んじゃう」

「これで死ねたらどんなに楽だったか」

 太鳳は自嘲するように笑い、痛みに顔を歪ませた。


「それより、お母さん。うちのお母さんに電話して、ここにいる事を伝えてほしい」

 明はスマートフォンを取り出し、急いで美里の番号に掛けた。

 だがやはり回線が混雑しているのか繋がらない。

 どうして。何で。

 焦りながらもう一度掛けてみると今度こそ繋がった。


「もしもし、アキラちゃん?」

「お母さん! タオがひどい怪我してるの! このままじゃ死んじゃう!」

 悲鳴を上げるように明は言った。

「落ち着いて、今どこにいるの」

 場所を告げると美里は直ぐに行くと言って電話が切れた。


「お母さん、直ぐ来てくれるって」

 太鳳は微かに頷いた。

 明は蹲る背中に手を伸ばし掛け、やっぱり下ろした。

 どうしてやればいいのか分からない。応急手当のやり方なんて当然知らない。

 そもそも太鳳は何の根拠があって大丈夫だなんて言っているんだ。

 どう見たって放置していい怪我じゃない。

 美里が来るまでに容態が急変するかもしれない。

 今からでも近くの民家に駆け込んで助けを求めるべきではないのか。


「待ってて。今助けを呼んでくる」

 立ち上がり、駆け出そうとして太鳳に手首を掴まれた。

「絶対に死なないから、ここにいて」


 振り解こうとすれば簡単に離せるくらい太鳳の力は弱まっている。

 だが太鳳の切実な眼差しが明を思い留まらせた。

 嘘や虚勢の類ではない、生きる強靭な意志が太鳳の瞳に宿っている。

 明はぐっと堪え、太鳳の隣に座り直した。


 十五分くらいが経った頃、公園の側に見覚えのあるホンダのSUV車が止まった。

 助手席から出てくる美里の姿を捉え、明は叫んだ。

「お母さん!」


 美里がこちらに気付いて駆け寄ってくる。

 明の肩にぐったりもたれかかる太鳳の首に手を当て、脈を確認した。

「タオ、タオ」

 美里の呼びかけに太鳳はうっすらと目を開けた。


「アキラちゃんは、怪我は」

「私はどこもしてない」


 遅れてやってきた賢二に支えられ、太鳳を車の後部座席まで運んだ。

 美里も後部座席に乗り、明は助手席に乗り込み、賢二の運転で海月家へ向かった。

 太鳳が呻く度に後ろが気になって振り向いた。

 しかし美里と賢二は表情こそ硬いが妙に落ち着いていた。


 家に着き、太鳳をダイニングのソファーに寝かせた。

 美里は太鳳の髪をそっと撫で、キッチンへ向かった。

 冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注ぐ。

 そのさまを明は焦れたく思いながら見ていて、堪らず隣の賢二に聞いた。


「あの、傷の手当は」

 賢二はかぶりを振った。

「必要ないんだ、タオには。じゃあタオは死なない。一日寝ていれば治るよ」


 美里が賢二と明にコップを渡しながら言い継ぐ。

「もっと酷い怪我して帰って来た時もあった。それも二、三日寝てただけで治っちゃった。信じられないかもしれないけど、本当なのよ」


 明はコップに目を落とした。水滴と血で濡れている。

 手に付いていた太鳳の血だ。


「これで死ねたらどんなに楽だったか、って、タオが言ってました」

 美里も賢二も黙った。明はコップをぎゅっと握り締め、言った。

「私、タオの事が知りたい。血だらけだった理由も、タオの何でもが知りたい」

 美里も賢二も微笑みをもって答えた。


「今夜はうちに泊まっていきなさい。何が起こるか分からないし、太鳳の傍にいた方がきっと安全だわ」

 明は頷き、麦茶を一気に飲み干した。喉がからからだった。

「いい飲みっぷり。おかわりは」

「ください」

 またごくごくと喉を鳴らして一気に飲み干した。

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