騎士 その8

 目より先に耳に届いた金属音。

 視界が開け、目に映ったのは大楯を構えた別の黒い騎士の背中だった。

 兜に生えた一本角、女性を思わせるしなやかな体型。

 まさか。


 獣が再度大剣を打ち込むと大楯にひびが入り、もう一度大剣を振り上げた瞬間、大楯と一本角が靄となって消え、その後ろで待ち構えていた黒騎士が大弓を引いた。


 獣は大剣を手離し無理やり身体を捻って寸でのところで矢を避けた。

 しかしそれが大きな隙となった。


 獣の背後で大槌を構えた一本角が実体化し、左の脛へ振り抜いた。

 獣が転倒し、長い腕を伸ばし一本角に掴みかかったが靄化して左足に回り込み、再度大槌を叩きつけた。


 獣は左足をかばい、一本角から逃れようと滅茶苦茶に手を伸ばし大剣を振り回した。だが一本角は高速で靄化と実体化を繰り返して避け、獣の左足に纏わりつき、執拗なまでに大槌で叩きつけた。何度も。


 ああああああっ。


 獣が痛みに悲鳴を上げた。

 足の装甲が砕け、大槌で叩きつける度に青い光子が舞い上がった。

 足が潰れて立ち上がれない。


 黒騎士が大弓を引き、獣の右目を矢が貫いた。

 一本角は死角となった右側に回り込み、今度はところかまわず大槌で叩きつけ、黒騎士は左側に回り込んで絶え間なく矢を放った。

 鎧が割れ、何本もの矢が身体中に突き刺さり、青い光子が舞う。

 とうとう獣が力尽きうつ伏せになって倒れた。


 一本角が獣の首元へ近づき、手に持った大槌が靄に包まれ大斧へと変わっていく。

 獣は微動だにしないがまだ生きている。

 黒騎士も警戒を怠らず大弓を構えたままでいた。


 一本角が大斧を振りかぶり、獣の首へ振り下ろした。

 大木のように太い首。一度で斬り落とせず、二度目、三度目の振りでようやく斬首した。


 突然、ぎいい、と扉を引き摺る音がどこからともなく聴こえてきた。

 ばたん、と扉が閉まる音、そしてカチッ、と鍵を掛ける音が聴こえ、目の前にあった獣の遺体が一瞬で消えて無くなった。

 辺りを見渡した。他の白騎士の遺体も消えている。


 終わったのか。今度こそ、本当に。


「聴こえるか」

 骨伝導イヤホンから老紳士の声。

「話は聞いた。後はに任せて君は離脱しなさい。ぼろぼろだそうじゃないか」

 言われて意識しだした途端、急に身体中が痛みだした。

 ふと右の脇腹を見るとひびが入り赤い光子が漏れていた。

 気付かぬ内に一太刀もらっていたらしい。

「傷が癒えたら顔を出しなさい。おやすみ」

 そう言って老紳士の音声が切れた。


 一本角がこちらをじっと見ていたが、背を向けて走り出し、ビルの壁面をすいすい上って直ぐ見えなくなった。

 短い邂逅だった。

 再会を喜び合う仲ではないが、まだ死なずにいてくれて良かった。


 黒騎士は建物のドアの前に立ち、鍵を差し、左に回した。

 しかし自宅の自室に繋がるはずの鍵が、ドアを潜ると目黒の大通りに繋がっていた。

 ドアへ振り返ると、既に渋谷の景色はなく、元の建物の内部に戻っていた。

 もう一度ドアに鍵を差そうとした。だがなぜか差さらない。

 鍵穴の形が違っていようがそもそも鍵穴自体がなかろうが、開閉という概念があるものなら鍵は壁面に沈んでいくはずなのに、何度押し付けてもこんこんと壁を鳴らすだけだった。


 老紳士にそれを伝えると、他でも同様の現象が起きている、歩いて帰るしかない、と言われた。

 ここから中目黒の自宅まで三キロ近くある。

 もうビルを上って飛び跳ねるだけの気力も体力もない。


 歩いて帰るしかない、のか。

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