初めてのサボり その4

 ほどなくして重箱が運ばれてきた。

 蓋を開けると食欲をそそる香りと湯気がふわりと溢れ出した。

 鰻は均一に焼かれ、たれが絡んでつやつやと輝いている。


「いただきます」

 箸を入れると簡単に身が解れた。

 太鳳はご飯と一緒に口に入れよく味わうように咀嚼した。

 呑み込み、また一口、またもう一口。ゆっくり、少しずつ食べた。


「どう?」

「美味しいよ」

「だったらもっと美味しそうに食べてよ」

「……美味っ! えっ、ヤバッ、何これ!? 超うめえっ! ヤベェ~、これが名店の味かよ~」

「うるさい、普通に食べて」

 太鳳は舌打ちした。


 だが美味しかったのは本当らしい。箸が止まらない。

 太鳳が黙々と食べていくさまを明は嬉しそうに眺めていた。


 食事を済ませ、店を出たところで太鳳は財布から六千円を抜き出し明に差し出した。

「いいって。誕生日プレゼントだって言ったじゃん」

「誕生日プレゼントはクッキーがいい」


 明は呆気にとられ、はたと気付いた。

「知ってたの? お母さんから聞いた?」

「本当にクッキーだったんだ」

 またはっとした。

「謀ったな」


 太鳳はふと笑った。

「鰻は美味しかったけど、クッキーも食べてみたい。だからここの代金は自分で払うよ」

「……分かった」


 どのみちクッキーもプレゼントするつもりだった。

 ここで強引に突っぱねてもよかったが押し問答になるのは目に見えていたので素直に六千円を受け取る事にした。

 結局太鳳に大金を支払わせてしまい、この店に連れてきた事を後悔した。


 落ち込む明を見て太鳳は苦笑した。

「お前、強引なくせして直ぐへこむよな」

 そして直ぐ機嫌が良くなるのも知っている。

「どうしてここへ連れてきてくれたのかは分かってるつもりだよ」

 ありがとう、と心を込めて太鳳は言った。

 明はみるみる笑顔になっていく。

「何か冷たい物でも食おうぜ。どっか売ってないかな」


 甘味処を見つけ、黒蜜のかかったソフトクリームを買って近くの公園までのんびり歩きながら食べた。

 太鳳の表情にいくらか明るさが戻っている。


 公園に着き木陰になっているベンチに腰を下ろした。

 暫く言葉を交わさなかった。

 遊び相手のいない遊具が寂しげに佇んでいる。


「少し、気が楽になったよ」

 太鳳がぽつりと呟いた。

「聞かないんだな、俺が学校をサボる理由」

「聞いた方がいいの」

「いや、嘘吐くのも疲れるし、はぐらかすのも限界があるし」

 という事は何があっても教えてくれないという事だ。そんな予感はしていた。


「ウミツキだって聞かないじゃん。私がモデルだった頃の事」

「それは単純に興味がない」

「なっ! 興味持て!」

 明は悔しくなってぎゅっと握った拳を上下させた。

「もう、ウミツキばっかりずるいよ。私はこんなにウミツキを」

 はっとして口を噤んだ。

「何」

「別に。何も」


 明はぷいとそっぽを向く。太鳳は明をじっと見て、正面を向いて呟いた。

「勉強すっか」

 何の? と視線で太鳳に続きを促す。

「テストだよ、テスト勉強」


「えーっ、折角学校サボったのに勉強するとか意味分かんない」

「お前……、一緒にテスト勉強しようって誘ったのどこのどいつだよ」

「今日はやだ。気分が乗らない。明日から頑張る」

「今日頑張れない奴が明日頑張れると思うのか」

「先生みたいな事を言うー」

「これでウシオに赤点取られたら責任感じちゃうだろ」


 太鳳は立ち上がり、明にも立てと促す。明は渋々従った。

「ウミツキにどんな責任の取り方してもらおうかなー」

「おい、早々に諦めんな」

「アキラだけに?」

「うざ」

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