初めてのサボり その3
電車に乗って春日駅へ向かった。
車内は冷房が効いて気持ちいい。二人はドア付近の席に座った。
乗客は少なく、当然ながら学生の姿は明と太鳳以外に見当たらない。
「私、学校サボるの初めてだからドキドキしちゃう」
太鳳からの返事はない。ただ黙って窓の外を見ている。
明も次の言葉が出てこなくて自然と黙ってしまった。
ポケットに入れていたスマートフォンが震え、取り出して確認してみると真希から怒涛のメッセージが入っていた。
――今どこ? サボり? 一体何考えてるの。テスト来週だよ。話がある。昼休みになったら電話出ろ。
こわっ。
明はそっと電源を落とした。
真希の怒りは尤もだ。
テスト前に休んでいる場合でないのは明も重々分かっている。
だがそれ以上に今の太鳳が放っておけなかった。
明らかにいつもと様子が違う。ここで一人にしてはいけない気がした。
何を抱えているの。何を背負っているの。聞かせてほしい。
遠くを見つめるその眼差しはどこか不安げに揺れていた。
春日駅に着き、そこから歩いて直ぐの老舗の鰻専門店に入った。
「こんにちはー」
女将がカウンターから出てきた。
「あら、アキラちゃん、いらっしゃい。どうしたの平日に、学校は」
「今日半日で終わりなんです。個室空いてます?」
「ええ。奥へどうぞ」
明は太鳳にだけ見えるようにちろっと舌を出して小声で言った。
「嘘吐いちゃった」
女将の後を付いて奥の座敷に向かった。
襖を開けると丁度二人が入れるくらいの手狭な座敷だった。
「うな重上二つでお願いします」
太鳳がお品書きに手を伸ばそうとしたら明が早々に二人分を注文した。
注文を承った女将が襖を閉めて出ていく。
太鳳の顔にありありと不満が浮かんでいたが明は知らんぷりを決め込んだ。
気を遣われ値段を抑えた物を注文されては何のためにここへ連れてきたのか分からない。
美味しい鰻を太鳳に沢山食べてもらうんだ。
太鳳を見つめているとふと目が合った。
「何?」
「別に。何も」
明はテーブルに両肘をついて少し身を乗り出した。
「ね、手出して」
「何で」
「いいから」
太鳳は訝しげに思いながらも右手をテーブルの上に出した。
「もう片方も」
左手も出した。
「掌は上」
言われた通り、掌を上にした。細くて長い指。女性のような奇麗な手をしている。
明はその手に自分の手をそっと重ねた。
太鳳の指がぴくりと動く。
ゆっくり、優しく、包み込むようにして、太鳳の手を握った。
「大丈夫だよ」
「……何が」
「ウミツキなら、大丈夫だよ」
明は握った手を見つめていたから、その時太鳳がどんな顔をしていたのか分からない。ただ太鳳の指がぎこちなく動いて明の手を握り返してきた。
「これ、店員に見られたら気まずくね?」
「そんな早く料理ができっこないよ」
すっと襖が開いた。
店員がお冷を持ってきた。
瞬時に状況を把握した店員は無言でコップとおしぼりをテーブルに置き、頭を下げ、速やかに去って行った。
明も太鳳も暫く固まったまま動けなかった。
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