隠れた名店 その4

 その夜、明は中々寝付けなかった。

 二十二時に床に入り、それから二時間、何度寝返りを打ったか分からない。

 耐え切れず「きえーっ!」と奇声を上げて起き上がった。


 太鳳と噂になった女の子がずっと頭に引っかかっている。

 仲が良さそうには見えなかったと咲は言っていたが、それは咲の主観であって本当のところは当人の間でしか分からない。

 好きな子はいない、と太鳳は言っていたがそれだって嘘の可能性がある。


 キッチンへ行き、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し一口呷った。

 自室に戻りスマートフォンを手に取った。

 ベッドに座り電話の履歴から太鳳を選びタップした。


「はい」

 二度目のコールで太鳳が出た。明は驚いて声が出ない。

「もしもし?」

「あ、もしもし。私、ウシオ。ごめん、寝てた?」

「いや」

「まさか電話に出るとは思ってなかったからびっくりしちゃった。用事は終わったの」

「いや、束の間の何たらってやつ。何か用?」


「特に用事があった訳じゃないけど、何か……」

「何」

「何でも……ある」

「だからその『何でも』を言いなー?」

「月が奇麗だね」

「月?」


 スピーカーから暫し太鳳の声が消えた。

「うちの窓からは見えないな」

「うん、適当言った」

 また太鳳の声が消えたが、イラっとした表情が見えた気がして明は笑った。

 窓から見える夜空は曇っている。


「中学の時にさ、よく一緒にいた女の子がいたんでしょ」

「え」

「サキから聞いた」

 太鳳は思い出したように「ああ」と呟いた。


「そういやいたな。懐かしい。たった二年会ってないだけで、もうすっかり忘れてた」

「今はもう会ってないの」

「一度も会ってないし、今……」

「何?」

「や、元気でやってるかも分からない」

「連絡取り合ってないの」

「連絡先を知らないし、そもそも連絡を取り合うような仲じゃない」


「どういう関係?」

「何ていうか……、先輩と後輩みたいな」

「同級生なんじゃないの」

「同級生だけど、向こうが上で俺が下っていう明確な上下関係があった」

「……よく分かんないんだけど」

「友達じゃないという事だけ分かってくれればいい」

「付き合ってもない?」

「ないない一番ない」


「ふぅん」

「何だよ、その納得してない『ふぅん』は」

「今から質問をするので真摯にお答えください」

「さっきまでのは何だったんだよ」

「まだ私の知らない女性との交友関係があるなら全て白状しなさい」

「それ質問じゃなくて尋問じゃない?」

「静粛に!」

「荒ぶってんのあなたの方ですよね」

「いいから早く答えなさい」

 スピーカーは何も音を拾わなかったが、太鳳の溜め息が聴こえたような気がした。


「ねぇよ、ねぇ。お前が知ってるので全部だよ」

「ほんと? 嘘つかない?」

「こんな事で嘘ついて何になるんだよ」

 だって海月は女子に人気があるから。だが明はそれを伝えなかった。

 知ってほしくない。

 太鳳がその気になって他の女子と仲良くしているところなんか見たくない。


 明はベッドに寝そべった。

「前に好きな子はいないって言ってたよね」

「言ったね」

「作る気はないの」

「ない」

「どうして」

「他人のために割く時間も、心の余裕もない」

「それも前に言ってたよね。いつかは余裕が持てる時はくるの」

「いや、死ぬまで無理だろうな」

 だから、と太鳳は続けた。

「もし生まれ変わる事ができたら、その時には作るよ」

 好きな子を。

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