隠れた名店 その1

 翌朝、明は歯を磨きながらニュース番組を観ていた。

 鎧の影は今も渋谷に存在している。

 報道によると影は渋谷駅を中心に五百メートル圏内と広範囲で目撃され、日本だけでなく世界各国の都市部にも出現していた。


 現時点では影の正体を突き止めるに至ってない。

 影が動いたとか、襲ってきたとかそういった報告もない。

 時々ぱっと消え、時々ぱっと現れるだけだ。

 しかしそのせいで、いきなり現れた影に驚いて転んで怪我をしたとか、車の運転中に気を取られて事故を起こしたとか、影が原因の被害は少なからず出ている。


 歯磨きを終え、自室に戻った。

 スマートフォンを手に取りメールを確認したが太鳳からの返信はなかった。

 きっといつまで経っても来ないだろう。


 ベッドに身を投げ出し、天井を見つめた。

 怒りはない。

 今では太鳳が意図的にメールを無視している訳ではないとちゃんと分かっている。

 スマートフォンに触れられない事情があるのだ。

 だが不安である事に変わりはない。

 メールも来ない。学校にも来ない。家にもいない。

 このまま太鳳と二度と会えなくなったらどうしよう。

 最近そんな事ばかり考えてしまう。


 さよならもなく会えなくなるのは嫌だ。そもそもさよならをしたくない。

 大切な人を失う辛さを向こう五十年は味わいたくない。


 目を閉じたらいつの間にか眠っていて、スマートフォンが鳴ったのを機に目が覚めた。咲からの電話だった。

 明は青ざめた。時計を見ると十時を過ぎている。

 今日は咲が前に言っていた中目黒の隠れたパン屋へ一緒に行く約束をしていた。

 明は電話に出て平謝りし、急いで支度をしてマンションを出た。

 待ち合わせの駅に着いて改めて咲に謝った。

 咲は笑って許してくれた。

 良い子。好き。

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