焦燥 その3

 放課後、駅で電車を待っている時だった。隣の祥子から「あ」と声が漏れた。

「ねぇ、これ見て」


 祥子がスマートフォンの画面を見せてくる。

 ツイッターに投稿されたどこかの建物の写真。

 その壁に映るのはあの鎧の影だった。


 真希が言う。

「これ、前にショウコがインスタに上げてた影に似てる」

「すごいバズってる。渋谷の至る所で急にこの影が現れたって」

「え……」


 明達も自分のスマートフォンを取り出しツイッターを確認した。

 トレンドに「影」のワードがある。

 投稿された写真全てに鎧の影が映り込んでいた。


「あれ、こんなに輪郭はっきりしてたっけ」

「や、もっとぼやけてた。ほら」


 祥子は自身のインスタグラムのページを開き、前に上げた影の写真を出した。

 見比べてみても今回現れた影の方がより形が分かる。


「何なんだろう、これ……」

 咲が不安そうに呟いた。

 誰も渋谷へ見に行こうとは言わなかった。

 好奇心より恐怖心が勝った。

 この影に近づいてはいけない。そんな直感が全員にあった。


 自宅に戻りテレビを点けた。

 どの局のニュース番組も影を取り上げている。

 切り替えたチャンネルでちょうど渋谷のセンター街の中継映像が流れていた。

 リポーターが壁に映る鎧の影に恐る恐る手を伸ばした。

 指先で触れては離しを繰り返し、掌を付けて撫でてみた。

 特に変わった様子はない。本当にただの影のようだ。

 この現象は一体何なのか。

 リポーターも、報道キャスターも、コメンテーターも首を傾げるばかりだった。


 明は太鳳に電話した。だが出ない。メールを送った。


 ――今どこ? 電話出れる? 話がしたい。


 待っても太鳳からの返信はない。

 小さな溜息を吐いてスマートフォンを放り出した。


 ふとダイニングを見渡した。

 テーブルの影、グラスの影、クッションの影、自分の影。

 光を遮るものがあれば暗い領域はできる。

 ではあの鎧の影は。

 光を遮っているはずの本体は一体どこにいるのだろう。

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