焦燥 その1

 翌朝、明は駅のホームで電車を待っていた。

 今日も一番乗りでやってきたのは咲だった。


「アキラちゃん、おはよう」

「おはよう」


 明は直ぐに咲の異変に気付いた。今日は一番か、と聞かれない。


「サキ、何か隠してる?」

「えっ! 何で!? 何も隠してないよ!」

「そう? ならいいけど」


 こういう時の明は謎に察しが良く的確な質問をしてくる。

 咲は焦った。明にじっと見られ、咲はその視線から逃れるように顔を逸らした。

 しかし明は咲を訝しんでいる訳ではなかった。

 可愛い子だな、としみじみ思っていた。


 太鳳の言う通りだ。咲は物腰柔らかいし、よく笑ってくれるし、優しいし、愛嬌あるし、可愛い。

 咲は太鳳の初恋相手。

 もしかしたら咲は私のライバルになっていたかもしれないと思うとぞっとする。


 だって勝てる気がしないんだもん! 


 例え自分がどれだけ美人でトップモデルの肩書があろうとも太鳳にそれが通用しない事は分かっている。

 気を遣ってなのか元々興味がないのか、太鳳から明のモデルだった頃について一度も聞かれた事がなかった。

 他人から根掘り葉掘り聞かれる事に慣れていると同時にうんざりしているが、太鳳から全くそれを聞かれないのは逆に悔しかった。


 そんなに私に興味がないのか。


「サキって好きな人いる?」

「えっ! 好きな人っ!?」

「……どうしたの、やっぱり何か変」

「な、何も変じゃないよ。急にそんな事言われたら皆ビックリする……」

「そうかな。あ、そうかも」

 そういえば昨日、太鳳に同じ事を言われ同じ反応をした。


 咲はこの時、罪悪感で胸が一杯だった。

 昨日、明達とは違うカフェで真希と祥子から厳しい尋問を受けていた。


『ほら、私らの奢りだからさ、気にせず頼んで』

『ガルコレのチケット取れるようにアタシらも協力するよ』

『私達面白がってる訳じゃないんだよ? ただ友達の恋を応援したいだけなんだよ?』

『アタシ達の事そんなに信じられない? 何か寂しいな……』

『私達、友達、でしょ……?』

『サキ……?』


 咲は折れた。簡単に。


「私は、今は好きな人いないよ」

「そうなんだ」


 明がどうしてこんな質問をしてきたのかは分かっている。

 恐らく太鳳からも中学時代の話は聞いているだろう。

 今では太鳳と話す事もなくなり、太鳳を異性として意識した事は一度もなかったが、それでも二人の間に脈があるのか探りを入れておきたかったのだろう。


「じゃあさ、クラスの中で良いと思う男の子はいる?」

「んー、特にはいないかなー」

「そっか」


 明は気付いていない。

 自分の声が明るくなっているのを。自分が笑顔なのを。

 咲も人の事を言えないが明も顔に出やすい。

 先が思いやられた。

 明を玩具にするなと真希と(特に)祥子には強く念を押しておいたが果たして。


「おはよーさーん」

 真希と祥子が現れた。

「おはよう」

「今日は朝からあっついねー」

「茹でるわー」


 明は真希と祥子をじっと見た。

「二人とも、何か隠してる?」


 真希と祥子は驚いたが何とか表情には出さなかった。

 ほんとこいつは謎に察しがいい。


「何急に。隠してるって意味分かんないんだけど」

「や、何となくそう思った」


「隠してるのウッシーの方じゃないの~」

 咲は驚いて祥子を見た。


「私?」

「自分の胸に手を当てて考えてみなー」


 言われた通り、明は胸に手を当て、目を瞑った。そして目を開け、こう言った。

「ショーコの最後のグミを食べたのは私です」

「やっぱり犯人はお前かーっ!」

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