初恋 その2

 六時間目の授業が終わり、祥子はぐっと伸びをして後ろの明に振り返った。

「ウッシー、放課後どうする」

「ごめん、私これから用事」

 明はそそくさと帰り支度をする。


「あぁ、そうなん」

「バイバイ、また明日」

「じゃねー」


 祥子はひらひらと手を振り見送った。

 明が教室を出たところで真希と咲が現れた。


「何、今日もシオ一人?」

「んー、用事だってさ」

「ふうん」

「私達も帰ろ」


 玄関で靴を履き替えていると真希がぽつりと言った。

「最近のシオ、変だ」

「……元から変ってツッコミはなし?」

「もう言ってんじゃん」

「まあ、確かに。奇行は目立つ。今日もいきなり腕を締められたし」

 祥子は締められた腕をさすった。


「やっぱあれかな。まだお祖母ちゃんの事が尾を引いてるのかな」

「それは……あるだろうけど」

 真希は下駄箱の戸を優しく閉めた。

「でもそういう類の〝変〟じゃない」

 三人は歩き出した。


「すると考えられるとしたらあれか。ドイツ在住のダニエル」

「だと思う」

「そもそもダニエルの正体って何なんだ。ウッシーのメール相手って事くらいしか情報ないし。本当にドイツ人なの? ダニエルは本名なの? 男なの? 女なの? 人間なの?」

「まぁ、シオが咄嗟についた嘘なんだろうけど、でもダニエルって男の名前じゃん。そこが妙に引っかかる」

 咲はギクッとした。


「え、まさか? ひょっとして? あのウッシーに? 独身界の黒柳徹子になるってついこの間宣言したばかりなのに?」

「でも無きにしも非ずでしょ。もしそれが本当なら」

「問い詰めて吐かせたい!」

 真希と祥子はにやりと笑った。咲は焦った。

「も、もう少し待ってあげようよ。アキラちゃん、無理に聞き出そうとすると意地張って教えてくれないし、それに言いたくなったらちゃんと自分から話してくれるじゃん」


 実はダニエルの正体が太鳳という事に咲は勘づいていた。

 以前、駅で明と太鳳が腕を組んでいるのを目撃した事を口止めされていた訳ではなかったが咲は何となく黙っていた。

 ただそれ以降、明を注意深く観察していると、しょっちゅう太鳳へ視線を向けている事に気付いた。


 先週、朝の玄関で明が太鳳に小さく手を振っているのを目撃した。そして今日も。どちらも周りに気を配りながらこっそりやっていた。

 太鳳の方は分からないが明の方は大分気があるように見える。

 太鳳が学校を休んだ日の明はどことなく寂しそうだったし、太鳳が学校へ来るとどことなく嬉しそうだった。


 何か仲良くなった、とは明の言だがこれはまさか。


 咲は静観を決め込んだ。

 正直明と太鳳が友達になれてもそれ以上の関係に発展する事はないと思っていた。

 だがもし咲の想像通りなら、明は今、初めての経験をし、初めての気持ちを抱いている。

 邪魔をしてはいけない。二人をそっとしてあげたかった。

 真希と祥子には悪いがこのまま黙っているつもりだった。


「確かに。一理ある」

 真希が同調してくれたみたいで咲はほっとした。

「でも問い詰めよう」

「えっ! 何で!?」

「そんなの面白そうだからに決まってんじゃん。ねぇ?」

「これを問い詰めずにして何になるって。ねぇ?」

 真希と祥子は互いに顔を見合わせ「げっへっへっ」とわざとらしく下衆に笑った。


「だ、駄目だよ! 人の恋を面白がるなんて! そっとしてあげようよ」

「……恋?」

「サキ、あんた何か知ってるの」


 しまった!


「あ~も~、ほんと可愛いんだからサキは。しまった! ってもろに顔に出てんじゃんねぇ」

「な、何が、私本当に何も知らないよ……」

「あなた今〝恋〟って言いましたよねぇ? どうして〝恋〟なんですかぁ? アタシ達〝恋〟なんて一言も発しませんでしたよ。ねぇ、マキさん」

「うーん、想像もしてなかったなー。私、ダニエルの正体にしか考えが及ばなかったし」

「う、嘘だっ。話の流れ的に絶対恋の事だったじゃん」


「さて、どこでサキを尋問しよっか」

「長引いたら帰りが面倒だし、白金台にしようぜ」

「週末だったら家に泊めても良かったんだけどねぇ」

 聞く耳持たぬ二人に両サイドからがっちり挟まれた。真希に肩に手を回され、祥子から腰に手を回された。


「じゃ、行こっか」

 連行されながら咲は必死に考えた。何か誤魔化す術はないか。

「安心しなって。サキが話してくれれば直ぐ解放してあげるから」

「裏を返せば話してくれるまで解放しないんだけど」

 あはは、と真希と祥子は爽やかに邪悪に笑った。


 な、何か、誤魔化す、術を……。

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