クッキー その3
オーブンを開けると中から甘い香りが漂ってきた。
プレートにはふっくら美味しそうに焼き上がったクッキーが並んでいる。
ハート、星、花、祖母愛用の型で抜かれたクッキーはどれも形が崩れておらず、それこそ祖母と一緒に作ったクッキーのような仕上がりだった。
「食べてみてもいいですか」
「いいわよ。火傷しないように気を付けてね」
口の中に入れるとほろほろとクッキーが解れていく。焼きあがった直後の柔らかい食感が明は好きだった。冷めればサクサクの食感が出てくる。
「アキラちゃん、夕飯食べてく?」
「はい、食べたいです」
クッキーのお礼とまではいかないまでも夕飯の手伝いをした。
今日の献立はカレーだった。
前の時と同じくまた人参とじゃがいもの皮剥きを任された。
「私、娘が欲しかったのよね。こうやってキッチンに並んで料理したり買い物したりするのが夢だったの。でも生まれてきたのはタオだったから。タオ子ちゃんだったら良かったのに」
明はくすりと笑った。
「私もタオ子ちゃんと友達になりたかったです」
「ねぇ、クッキー食べていい?」
「駄目っ。夕飯食べてから」
賢二のおねだりを美里はぴしゃりとはねのけた。
賢二はしょんぼりしながら退散していく。
それを見て明はまたくすりと笑った。
カレーができ、三人で食卓を囲った。
美里の作るカレーはほっとするような優しい甘口カレーだった。
「美味しい」と明。
「ありがと」と優しい声音で美里は答える。
「美味しい!」と賢二。
「ありがとっ!」と子供のように元気よく美里は答える。
「これアキラちゃんの影響よ。最近やっと料理の感想言ってくれるようになったの」
「大人は子供の背中を見て成長するのさ」
「子供に教えられた事を恥と思いなさい」
楽しい食事。
何だか自分が本当に海月家の一員になったみたいだ。
海月明。悪くない。
でもやっぱりここに太鳳がいたらと思わずにいられない。
太鳳は今、どこで何をしているのだろう。
食後、三人でクッキーの試食をした。
美味しかった。サクサクの食感にプレーンな甘さ。
祖母と一緒に作った時と遜色ないできだった。
「いいできじゃない。美味しいわ」
「これならタオも喜ぶよ」
美里と賢二の太鼓判が押され明は自信が湧いた。が、一人で作れる自信はやっぱりないので誕生日近くになったらまた美里と一緒に作ってもらう事にした。
「全部貰っちゃっていいんですか」
「いいのよ。タオに見つかっちゃったらまずいでしょ」
美里は残りの余ったクッキーは容器に入れ、明に渡した。
「乾燥剤は入れてあるけどなるべく早く食べてね。外に出しておいても大丈夫だけど直射日光の当たらないところで保管して」
「ありがとう」
太鳳に聞かれてもいいように口裏を合わせる事にした。
今日、海月家を訪れたのは美里とお茶をする約束をしていたから、という事になった。
「家まで送るよ」
賢二が車のキーを見せる。
「今日はありがとうございました。カレー美味しかったです」
「また来てね」
美里に玄関で見送られ家を出た。
海月家の外観を改めて見た。
やはり出入口に該当するのは地上の正面玄関のみ。
二階にあるのは窓だけだ。
車庫のシャッターが開き、中から出てきたのはホンダのSUV車だった。
「ホンダちゃんだ」
「可愛いでしょ」
「可愛いです」
車の中、賢二と二人きりは少し緊張した。が、気を遣ってなのか賢二が話題を振ってくれるおかげで会話が途切れる事はなかった。
それに美里と雰囲気が似ていて話しやすい。
カレーに入れる具材はどこまでが許せるラインかで盛り上がった。
自宅のマンションに着き、賢二に礼を言って車を出た。
部屋に入るなり早々とシャワーを浴び、床に就いた。
早く、明日になれ。
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