クッキー その2
チャイムを鳴らすとインターホンの玄関子機から美里の声がした。
「はーい、ちょっと待ってねー」
ドアが開き美里が顔を出した。
「いらっしゃい。どうぞ、上がって」
美里に次いでダイニングへ行くと賢二もいた。
「こんにちは」
「いらっしゃーい」
「このおじさん、クッキー食べる気満々よ」
美里が明に耳打ちする。
「楽しみに待ってまーす」
聞こえていたようで賢二が高らかに声を上げる。
美里が用意したエプロンを付け、キッチンに立った。
材料や調理器具も既に用意してある。
掛かった費用は出すと申し出たが元々余っていた材料だからと断られた。
「ノート見せてくれる?」
明は祖母のノートを美里に渡した。
ぱらぱらとノートを繰る美里の眼差しがどこか優しい。
「お祖母ちゃんの味を再現したいとかじゃないんです。このノートに書いてあるレシピでクッキーが作れれば」
「いいわよ。難しい事は書かれてないし、ちゃんとレシピ通りに作れば美味しいクッキーがきっとできるわ」
「あの、タオ君は
「それが分からないのよね。一時間後には帰ってくるかもしれないし、夕方になるかもしれないし、もしかしたら明日になるかも」
「明日?」
明日は月曜日だ。
学校があるというのに日を跨ぐかもしれない用事を日曜日に入れたのか。
そしてそれを美里と賢二は容認しているみたいだ。
学校より優先される用事とは一体何なんだろう。
それがきっと太鳳の秘密だ。知りたい。訊ねてみたい。
だけど今日の目的はそれじゃない。
明は一切の疑問を飲み込んで堪えた。
「タオ君には内緒にしてくれませんか。まだその、食べさせたくなくて」
「タオへの誕生日プレゼント?」
美里の勘の鋭さに驚いたが、明は小さく頷いた。
「聞いた? ケンジ。タオには秘密よ」
賢二はぐっと親指を立てた。
茶化さず、理由を聞かず。美里と賢二の態度がありがたかった。
「それじゃぁ、始めましょうか」
クッキーの生地ができ、それを寝かせている間、三人でお茶をしている時だった。
階段の方から足音がして振り向くとなんと太鳳がいた。
明と太鳳は同時に「あ」と言った。
「何でいるの」
「そっちこそ。ずっと二階にいたの」
明と太鳳は同時に美里を見た。どういう事だ、と二人の目が言っている。
美里はそんな視線を物ともせず、紅茶を一口飲み、太鳳へ向かって言った。
「おい、小僧。キッチンには立ち入るな」
「えっ」
「一歩でも踏み込んでみろ。その瞬間、お前の晩飯は消し飛ぶ」
「は?」
「質問もなしだ。何かを察しても絶対口にするな。それが守れるっていうなら一緒にお茶する事を許してやろう」
太鳳は困惑し固まっていたが、溜息を吐いて言った。
「俺また直ぐ出るから。今日は帰ってこれない。それだけ言いに来た」
太鳳は明に「ごゆっくり」と言って踵を返した。
「タオ」
美里は太鳳を呼び止めた。
「気を付けてね」
冗談めかしたさっきまでとは違う、不安と心配の入り混じった声音だった。
我が子の身を案じた親の顔を美里はしていた。
太鳳は軽く手を挙げ二階へ戻っていく。
「見送ってくるよ」と賢二も太鳳の後を追った。
見送る?
「二階から外へ出られるんですか」
「……ええ、特別なドアがあるの」
そんなドア、家の正面にはなかったと思う。裏手にあるのだろうか。
「そろそろクッキー作りを再開しましょうか」
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