先の事 その5

 南校舎の三階、教室を端から一つ一つ覗いていくと三つ目の教室に太鳳がいた。

 窓際の席で一人黙々と弁当を食べている。


「しつれーしまーす」

 がらりと戸を開けた。室内は冷房が効いて涼しい。

 太鳳はちらりと明の方を見やりまた弁当に視線を戻した。


「おーおー、美味しそうなもん食ってんじゃねーかー」

「かつあげしに来たの?」

 明は太鳳の前の席に座った。


「お前、飯は」

「食べてきた」

 半分ほど。


「ここ勝手に入って怒られない? 冷房も入れて」

「見つかったらきっと怒られるな」

「言い訳考えておかないと。ウミツキ君がやりました」

「そりゃ冷房入れたのは俺だけど、ここにいる時点でお前も同罪だからな」


「卵焼き頂戴」

「ミニトマトならくれてやる」

「やった」

 明はミニトマトのヘタを摘まみ口に入れた。


「ウミツキさ、進路の事考えてる?」

 ヘタを弁当箱のミニトマトが入っていたところに戻した。


「進路……」

「大学行くでしょ。どこ受験するとか」

「俺、進学しないよ」

「え、しないの? 就職?」

 太鳳は白米を口に入れ、ゆっくり咀嚼した。


「どこに就職するとかもう決めてあるの」

 太鳳は口の中の物を飲み込んでから「さぁ」と言った。

「俺の場合、進路よりまず進級できるかどうかの方が問題だからな。その先の事なんて、考えられない」


「今年はよく進級できたね」

「先生方にはかなりの情けを掛けてもらいましたからね」

「来年も進級できるといいね」

「そっすね」


 進学しない。太鳳なら納得の選択だが明は気を落とした。

 友達を進学の理由にしてはならいと決めたばかりなのに太鳳と一緒の大学に行けたらと淡い期待を膨らませていた。


「でもそっかぁ、就職かぁ」

 高校を卒業しても太鳳と会えるのだろうか。

 卒業式を最後に音信不通になる予感しかない。


「ウミツキにさ……」

「何」

「首輪付けたい」

「何でぇ?」


「私、戻るね」

「首輪の理由は何なんだよ」

「じゃあね、ばいばい。さよならは言わないから」

「『じゃあね』も『ばいばい』も『さよなら』と同じ意味でしょー?」


 教室を出て戸の窓から覗くと太鳳と目が合った。

 手を振ると太鳳も軽く手を挙げて応えてくれた。

 たったそれだけの事なのに嬉しくなる。

 るんるん気分で教室に戻ると真希達は既に昼食を済ませ各々自由にくつろいでいた。


「やっと戻ってきた。どこ行ってた」

「だからトイレ」

「トイレに二十分も籠ってたのか」

「般若心経唱えてたから」

「トイレで仏典を唱えるな」


 スマートフォンをいじりながら祥子が冗談めかして言った。

「実はクロダ先輩に捕まってたとか」

「ああ……、そういえばさっき会ったよ」

「え、マジ?」


 明は食べかけのサンドイッチに手を付けた。

「曲がり角でばったり出くわして。でも特に何もされなかった」

 睨まれはしたが。

「お、これはもしかして沈静化の兆しですかね」

「トキタ先輩がアキラちゃんを諦めた事を知ったのかな」

「かもね」

「でももう暫くは注意しておきなよ」

「うん」と生返事。明には直感があった。黒田の嫌がらせは、もう二度とないと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る