先の事 その4

 学校に着き、玄関で内履きに履き替えていると太鳳が登校してきた。

 明は嬉しくて頬が緩んだ。

 一日来なかっただけなのにやたら久しく感じてしまう。

 太鳳はのろのろと内履きに履き替えた。

 やはり眠そうというより疲れた顔をしているように見える。

 太鳳とすれ違いざま、真希達に悟られないように小声で挨拶した。


「おはよ」

「え」


 不意打ちを食らったような間抜けな「え」だった。

 明はくすりと笑い、小さく胸元で手を振り真希達と共に教室へ向かった。


 そういえば太鳳は進路の事を考えているのだろうか。


 昼休みに入ると太鳳は教室を出て行った。これはチャンスかもしれない。明は直ぐさま太鳳へメールを送った。

 ──今どこ?

 果たして今回は気付いてくれるだろうか。なんて心配をしていたら数分後にはメールが返ってきた。

 ──南校舎の三階の空き教室。


 行くしかあるめえ!

 明は急いで昼食に摂りかかった。だがこういう日に限ってフランスパンのサンドイッチなんてものを買ってしまったものだから食べるのに一苦労した。

 硬いパンに齧りつき何度も咀嚼し飲み込む。

 早く食べ終わらなければ昼休みの時間がどんどん減っていく。


 黙々と急いで食べる明を真希達は訝しげに見ていた。

「どうしたの、そんな急いで食べて」

 明はごくんと飲み込んで一言。

「トイレ行きたい」

「いや今行って来いよ」


 食べかけのパンが心残りだが明は教室を出た。浮き立つ心が抑えきれず自然と早足になる。


 角を曲がった所で正面から来た人とぶつかりそうになった。

「すみませ……」

 黒田だった。しまった、この人の存在をすっかり忘れていた。

 思わぬ邂逅に明は動けない。また連行されてしまうのか。


 しかし黒田は明を睨むだけで素通りして行った。

 ほっと安堵の息が漏れた。助かった。戸北が明を諦めた事を知ったのだろうか。


 ──まあ、俺も黒田を好きになる事は絶対にないんだけどな。


 ふと戸北の言葉が頭を過ぎった。

 同情なんかしないし納得しかない言葉だったがそれでも少し寂しい気持ちになった。

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