先の事 その3
翌朝、駅のホームで電車を待っていると咲が現れた。
「アキラちゃん、おはよー」
「おはよう」
「私一番?」
「一番」
咲は嬉しそうに小声で「やった」と呟いた。
「サキ、モデルのリアナって知ってる?」
「うん、知ってるよ。今すごい人気だもん。第二のスバルって言われてる。アキラちゃんに憧れてモデルになったんだって」
「どんな子か知ってる?」
「ちょっと待ってね」
咲はスマートフォンを取り出す。
元トップモデルのくせして流行に鈍感な明だが逆に咲の方は敏感だった。自身が小柄な体格をしているせいか特にモデルへの憧れと関心が高い。
咲はスマートフォンの画面を明に見せた。リアナのインスタグラムのページが映っている。
自撮りの写真をいくつか見てみると、なるほど、確かに人気が出そうな顔立ち。他の量産型のモデルとは一線を画す雰囲気が写真からでも見て取れた。
「この子、ハーフ?」
「うん、お父さんがポーランド人でお母さんが日本人なんだって」
「ふーん」
どの写真もモデル然として決まっている。どれも女の子の憧れが詰まった写真ばかりだ。
「私がモデル時代に上げていた写真とは大違いだ」
「アキラちゃんのはちょっと特殊だったね。でもあれはあれで私は好きだったよ。次はどんな写真が投稿されるのか楽しみだった」
明がモデル時代に投稿していた写真といえば、いつも履いているスニーカーのソールだったり、自販機に張り付いていた蛙だったり、公園の錆びた鉄柵だったり、明が直感で撮った意味不明なものばかりだった。むしろ自撮りの写真の方が少ないくらいで、そのモデルらしからぬ写真が逆に受けていた。
「リアナちゃんがどうかしたの」
「んーん、特に何も。どんな子なのかなって少し興味が湧いただけ」
すごい人だな、篠さんは。
篠がいつ前の事務所を辞めたのかは分からないが、明がモデルを辞めた十一月以降と考えても、僅か半年の間に事務所を立ち上げ、リアナという原石を発掘し、大人気モデルへと昇華させた。
どこぞの引退した元カリスマモデルを彷彿させるような火の付き方。
マネージャーの枠に収まる人ではないと常々思っていたが、まさか独立して事務所を構えるとは。もしかしたらこれが篠の夢だったのかもしれない。
そのうち真希と祥子も来て四人で電車に乗り込んだ。
「ねぇ、皆、進路って考えてる?」
真希と祥子はまじまじと明を見た。
「何?」
「や、シオからそんな真面目な話題を振られるとは思ってもみなかったから」
「うん、ちょっと頭の処理が追い付かなかった」
「あ、ごめんね、ちょっと知的な質問過ぎた?」
「進路の話をする事が知的と思ってる時点でバカっぽい」
「皆、大学? 行くよね?」
「そりゃ、うち進学校だし」
「どこ行くかは決めてある?」
「アタシはいくつか目星付けてる」と祥子。
「私はまだ」と真希。
「私もまだ」と咲。
祥子が嘆息する。
「おいおい君達、前に配られた進路表には何て書いたんだい」
「あんなん適当に書いたに決まってんじゃん」
真希が言い、明はなおも訊ねる。
「じゃあさ、将来の夢とか、就職先とか」
「それが決まってないから大学もどこにしようか迷ってんじゃん」
「高校選ぶのとは訳が違うよね。将来に直結する事だからちゃんと考えて大学選ばないと」
咲の言う通りだ。高校受験の時とは訳が違う。今度は友達が行くからなんてそんな理由で受験する大学を決めてはいけない。将来、自分がどうなりたいのかちゃんと考えないと。
「そういうシオはどうなの」
「私も、まだ」
「君ら夏期講習は受けんの」
「それも考え中。ショウコは受けんの」
「もち。もう塾に申し込んだ」
「流石ショウコさんだ、意識が高い」
「普通だっての。もし受けるならアタシんとこ紹介するよ。一緒にお勉強に励もうぜ」
真希は溜め息を吐いた。
「ついこの間、高校受験が終わったと思ったら、もう大学受験か」
「勉強は学生の本分ですからねぇ。でも夏休みは長いんだしさ、うんと沢山遊ぼうよ」
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